― 最初に全国の透析患者数の推移および原疾患について教えてください。また、奈良県の現状についてもお願いします。
― 重症化予防では尿中微量アルブミン検査が極めて重要といわれますが、その理由を教えてください。
赤井先生 腎臓における尿蛋白の意義をまず説明します。よく知られているように、尿蛋白陰性例と比べ、陽性例では糸球体濾過量(GFR)の低下速度は約2倍になるとの報告があります2)。慢性腎臓病(CKD)の重症度分類では、GFR 区分と蛋白尿区分を合わせたステージにより末期腎不全や心血管死亡のリスクが示されていますが、蛋白尿区分が1段階進むと、GFR区分にかかわらずこれらのリスクが上昇します3)。つまり、尿蛋白は末期腎不全や心血管死亡のリスクを示す大変重要なバイオマーカーなのです。さらに、自覚症状がない微量アルブミン尿の段階で適切に治療介入すると約半数の糖尿病性腎症患者が正常アルブミン尿に改善し4)、腎・心血管イベントの発生率も低下することが分かっています5)。いずれも10年以上前の報告なので、治療が進歩した現在では正常アルブミン尿に改善する割合はより高くなっているでしょう。こういった点から積極的な尿中微量アルブミン検査をお願いしているのですが、2014年度に実施した奈良県の実態調査では尿中微量アルブミン検査実施率が29%と低率でした6)。複数の理由が考えられますが、腎臓内科医としてこのバイオマーカーの重要性を伝えていかなければならないと考えています。
樋上先生 当院では基本的に半年に1回尿中微量アルブミン検査を実施しています。もともと糖尿病患者さんには毎回の来院時に尿検査をお願いしているので、抵抗なく受け入れてもらっています。ただし、施設によっては患者さんが尿検査を避けられるケースもあるようです。患者さんとの1対1の関係の中で、医師が検査の重要性を指導しなければならないでしょう。当院においてはCKDステージの表から、どのくらいの確率で透析導入や心疾患に至るかという具体的なリスクを示した上で治療法を提案することで、患者さんの理解と協力を得るよう心がけています。
尿中微量アルブミン検査の保険適応は糖尿病性腎症疑い、第1期または第2期の早期糖尿病性腎症です。糖尿病性腎症の確定病名があると査定されるという点も実施率の低さの一因かもしれません。そこで奈良県では社保、国保事務局と相談しながら、県内の医師への周知に努めております。実施率は確実に以前より上がってきているでしょう。
赤井先生 半年や1年に1回の検査だと、つい忘れてしまう場合もあります。そのようなときでも、看護師らスタッフが「この患者さんはそろそろアルブミン尿検査の時期ですね」と一言声をかけてくれるだけで随分変わります。スタッフみんなで診るという姿勢も大切にしたいです。
樋上先生 当院は患者さんがお見えになる前に、その日の検査を決めておくようにしています。そうすると、診察が混み合って検査を忘れてしまいそうな際も対応できます。あらかじめ検査項目を検討しておくのも1つの方法かと思います。
― 「奈良県糖尿病診療ネットワーク」の概要と特徴を教えてください。
赤井先生 「奈良県糖尿病診療ネットワーク」(以下、診療ネットワーク)は、特定健診などのデータを基に糖尿病の重症化リスクが高い患者さんに適切な受診勧奨や保健指導を行う「奈良県糖尿病性腎症重症化予防プログラム」(以下、予防プログラム)と連携した、奈良県独自の取り組みです。最大の特徴は、腎臓専門医および糖尿病専門医が所属する県内全ての病院、また専門医は在籍していないけれど糖尿病の専門的治療に対応可能な病院の計13施設(2022年8月現在)が参画している点です。専門医が地域のかかりつけ医をサポートし、糖尿病の重症化予防を目指しています。
2014年度の実態調査で尿中微量アルブミン検査の実施率が低かったことがきっかけとなり、糖尿病と腎臓病の専門医から成る「専門医協議会」が2016年に発足し、診療ネットワークの体制や仕組みを徐々に構築してきました。具体的な診療ネットワークの取り組みとして、かかりつけ医の先生方にはアルブミン尿など腎症の徴候がある、血糖コントロールが不良、糖尿病教育・栄養指導が必要な患者さんがいる場合などに専門施設への紹介をお願いしています。一方専門施設では、腎臓専門医であれば必要に応じて腎生検を行ったり透析導入が近い患者さんに具体的な説明をしたりしますし、糖尿病専門医では新しい治療法の提案や合併症のスクリーニングなどをサポートします。
診療ネットワークについてまだ十分に認識していただいていないかかりつけ医もいらっしゃると思われるので、専門医への紹介基準や参画病院を記載したリーフレットを配布し、利用促進を図っています。
― 樋上先生はかかりつけ医のお立場から診療ネットワークをどのように評価されますか。
樋上先生 当院では推算GFR(eGFR)が低下した糖尿病患者さんなどを腎臓専門医に紹介するケースがあります。診療ネットワークができたことで紹介の敷居が低くなり、心強く思っています。専門施設が患者さんを取り込まず併診体制を取ってくれるため、腎機能が低下した患者さんを安心して紹介できます。定期的に専門医に診てもらえ、主治医との関係も続くので患者さんにも評価いただいています。
患者さんを1人紹介すると、定期的に専門医とやりとりするきっかけが生まれ、徐々に信頼関係を築ける点も大きなメリットです。そうなると、2人目以降の患者さんの紹介はよりスムーズに行えます。実際、当院の医師は紹介状を介さずメモのようなやりとりで専門医と治療経過を報告し合っています。勉強会の機会もあるため、あの先生に診てもらっているのだなという顔の見える関係も安心感につながっているのかもしれません。
専門医との交流はかかりつけ医の診療のレベルアップにも寄与します。例えば、使用経験のない治療薬を処方するよう専門医に頼まれたことで、薬剤の特徴を学び、以降の日常診療で使用できるようになるケースもあります。
赤井先生 顔の見える関係で言いますと、専門医協議会の会議で定期的に専門医が顔を合わせる点もメリットの1つです。会議を通じて専門医同士のつながりもできるのです。
ただし何度も強調するようですが、専門医はサポート役で、主役はあくまでもかかりつけ医です。かかりつけ医は長年その患者さんを診てきているので、身体状態はもちろん、ご家族や好きな食べ物、趣味といったことまで熟知している。病態が悪くなったからといって専門施設のみに任せるのは全人的な診療という観点からもよくないでしょう。
現在、診療ネットワークでは協力医療機関の認定活動も進めています。2時間程度の研修会を受講した医療機関を「奈良県糖尿病診療ネットワーク協力医療機関」として認定し、診療ネットワークを活用した専門医らとの連携推進、県民への糖尿病性腎症重症化予防の啓発などをお願いしています。また、積極的な尿中微量アルブミン検査を推奨し、実施率の底上げも図っています。これまで研修会を4回開催し、67施設を認定しました。研修会では糖尿病に関する最新の知見を専門医が講義するので、診療のアップデートにもつながります。このような活動を通じ、より密な連携を図っています。
― 紹介のタイミングなど、連携を成功させるポイントを教えてください。
赤井先生 先ほども少し申し上げましたが、診療ネットワークではかかりつけ医から専門医への紹介基準を作成しています(図2)。まずはこの基準を参考にしていただきたいのですが、たとえ基準に該当しなくても、少しでも心配なことがあれば紹介していただいてよいと思います。私の外来にも、腎機能低下だけでなく、最近痩せてきたとか、インスリンのコントロールがうまくいかないという理由で紹介いただくケースがあります。検査してみると実は膵臓がんだったという場合もあるので、紹介の明確なタイミングを決めるのは難しい。かかりつけ医の先生が診てほしいというタイミングが紹介のタイミングであり、そのように紹介いただければ、スムーズに連携できるでしょう。
樋上先生 かかりつけ医からすると、「なぜもっと早く紹介しなかったのか」と専門医に責められるのが怖くて紹介を躊躇してしまうケースもあります。「どのタイミングでもよい」と言ってもらえるのは非常にありがたいです。
― 糖尿病性腎症の治療では多職種連携や患者教育も不可欠です。どのような取り組みを行っていますか。
樋上先生 当院では初診の糖尿病患者さんに入門講座を実施し、糖尿病とはどのような病気か、どういう合併症が起こりうるかといった点を説明しています。当初は医師が行っていましたが、最近は看護師や管理栄養士が説明し、ご家族も含めて知識を深めてもらっています。
糖尿病教室も開いています。例えばコンビニで買い物をすると想定し、患者さんに商品を選んでもらいます。カツサンドを選んだ場合なら、「野菜と蛋白質が取れるブロッコリーとエビの入ったこちらの商品の方がよいと思いますよ」とアドバイスすることで実践的に学んでいただきます。医療者はもちろん、事務担当者にも講師として参加してもらい、患者教育だけでなく全職種が同じ意識を共有する場としても機能しています。このような取り組みで、日常診療でも自然に多職種で患者さんを診るという共通認識が生まれ、患者さんと多職種での共同意思決定(Shared DecisionMaking:SDM)が可能になります。患者さんは医師に話さないようなことを看護師や薬剤師に話すケースも多いので、そういう情報をフィードバックしてもらい充実した診療につなげています。
赤井先生 事務担当者の参加は重要ですね。最近、診療ネットワーク参画病院の事務担当者向け会議を開きました。2回目の開催となるのですが、全スタッフが同じ方向を向くためには事務担当者の協力は欠かせません。医療者から一方的に事務手続きの指示があるだけでは、取り組みの意義を理解してもらえず、連携にほころびが出る可能性があるからです。会議では診療ネットワークの取り組みについてあらためて説明し、患者さんの長期QOLをどのように改善できるかについてもお話ししました。なぜ紹介を促進しなければならないかという点を医療の観点から理解してもらえると、事務作業を機械的に行うようなこともなくなるでしょう。
予防プログラムに取り組んでいると、さまざまなところからお声がけをいただきます。最近では、奈良県歯科医師会の先生方から歯周病と糖尿病の関係について啓発し、予防プログラムの一翼を担いたいとのお話をいただきました。糖尿病治療は多職種連携が不可欠なため非常にありがたいです。ただ参画する職種が増えると、同じ方向を向くという最も大切な部分が難しくなる。重症化を防ぐという大きな目標を全員で共有する重要性をあらためて強調したいです。
― 最後に今後の課題や展望、先生方へのメッセージをお願いします。
赤井先生 診療ネットワークを活用した紹介数の実態を把握しにくい点が課題です。紹介状に加え、「奈良県糖尿病診療ネットワーク確認票」という書類も一緒に送ってもらうようお願いしているのですが、この1枚の記入が手間なようで、なかなか同封して送っていただけません。紹介の実数を把握しにくいため、透析導入患者数が改善したかといった最終的なアウトカムの評価指標を定めにくい。また、全ての専門施設に参画いただいているものの、そもそも専門医の絶対数が足りないという課題もあります。
とはいえ、行政、専門施設、県医師会が一体となり予防プログラムに取り組んでいる自治体はまれであると思います。奈良県では、多くの偶然も重なりこのようなシステムを構築できたと考えています。診療ネットワークの実施によって、顔が見える関係ができるとその後の紹介状況ががらりと変わって良好になることを体感できましたし、かかりつけ医の先生からも「紹介しやすくなった」との意見をいただきます。定性的ではありますが、こうした声がより増えることは、奈良県における糖尿病ならびにその合併症診療がより円滑になってきていることを表していると考えています。
糖尿病性腎症重症化予防には、全県を挙げて取り組まなければなりません。奈良県の医師の皆さん、メディカルスタッフの皆さんにはぜひ引き続きご協力をお願いします。
樋上先生 健診、特に特定健診を受けていない患者さんをいかに受診に結び付けるかも県を挙げての課題です。また開業医の立場から申し上げると、クリニックへ突然来なくなった中断例の患者さんが数年後悪化して透析導入に至るケースが少なくありません。自覚症状がなければ通院に疑問が生じるのも仕方ないかもしれません。だからこそ重症化の兆しを把握し、リスクを啓発していくことが肝要でしょう。その第一歩としてかかりつけ医の先生方には、積極的な尿中微量アルブミン検査の実施をお願いしたいです。