― 循環器専門医である石井先生から見た糖尿病性腎症(重症化予防)の課題やCKDの位置づけについてお聞かせください。
石井先生 糖尿病も含めて、慢性腎臓病(CKD)の患者さんは心血管イベントを起こしやすいということを、GFR(糸球体濾過量)区分のG1(≧90mL/ 分/1.73m2)やG2(60~89)の段階から意識しておく必要があります。CKD では、GFR 区分がG3a(45~59)あるいはG3b(30~44)を超えると、急性冠症候群すなわち急性心筋梗塞や不安定狭心症の発症リスクがある不安定プラークや脆弱性プラークを持つ患者さんの割合が上昇します1-5)。医師はそのような患者さんに対して、脂質代謝異常治療薬などによる脂質低下療法を考慮します。腎機能が悪化してG4(15~29)、G5(<15)となり、透析導入が近くなると血管が石灰化して薬剤が効きづらくなります。eGFR(推算糸球体濾過量)が60を切った早期の段階から治療介入することが重要であると、最初にお伝えしたいと思います。
CVIT(日本心血管インターベンション治療学会)がまとめたJ-PCIレジストリー2021集計結果(1,150施設から年間約25万件の症例が登録)によると、国内のPCI施行患者の平均年齢は上昇傾向にあり、2021年は71.4歳でした6)。リスク因子に目を向けると、高血圧が8割弱で糖尿病が45~46%、脂質異常症も7割近くです。
CKDは2~3割程度、維持透析の患者さんは7%程度です。実数としては1万7,500人程の透析患者さんがJ-PCIに登録されていることになります。この1万7,500人を国内の透析患者数35万人7)で割ると、20人に一人が1年に1回PCIを受けている計算になります。透析導入の原因として、糖尿病性腎症は4割強います7)。ここからも、循環器疾患を抱える患者さんの糖尿病・CKD に介入することが重要であるとお分かりいただけると思います。
― まさに心腎連関を意識しながら診療に当たることが重要ということですね。
石井先生 はい。虚血性心疾患以外にも、AF(心房細動)があると心不全を来しやすく、さらにCKD も悪化させるという悪循環に陥ります8-10)(図1)。大きな血栓が飛べば脳梗塞や腎梗塞になりますし、小さくても認知症を悪化させる程度の影響はあります。蛋白尿が出るとさらに死亡・心血管死・腎不全のリスクが高まりますから11)、注視する必要があります。
循環器専門医はeGFR を重視する傾向があると思いますが、腎臓内科の先生からは「尿蛋白が出ているかどうかのほうが大事」だと言われます。
先ほどのCVITのデータ6)ではPCI施行患者さんのリスク因子でCKDは2~3割程度でしたが、名古屋大学のPCIデータでは約4割がeGFR60未満となっています(図2)12)。
残りの約6割はeGFRが60以上になるわけですが、検査をしたところ20.5%が微量アルブミン尿、2.5%が顕性アルブミン尿という状況でした。つまり、eGFRが60以上の人でも、その約1/4がCKDだったということです。循環器専門医はCKD の重症度分類をGFR 区分の“ 縦軸” で考える癖があると思いますが、蛋白尿区分の“ 横軸”も重視しなければいけないことが、このデータからも分かります。
― 糖尿病合併CKD などを早期に発見・介入する方法についてお聞かせください。かかりつけ医から専門医への紹介基準や基準を地域に浸透させる方法についても合わせてお願いします。

石井先生 先ほども触れましたが、血圧が高めの患者さん、糖尿病の患者さん、その他の生活習慣病を持つ患者さんには尿検査を実施して微量アルブミン尿の状況を早期に把握することが重要です。循環器疾患で通院しているのに、5年以上も尿検査をしていない患者さんはいませんか?逆に腎臓の専門医が何年も心電図を取っていないということもあるでしょう。
貧血も見逃せません。私を含めて循環器専門医の多くがヘモグロビンが10g/dLくらいになっても、あまり気にされないかもしれません。しかし、WHOの貧血の基準は、男性は13g/dL未満、女性は12g/dL未満、妊婦は11g/dL未満と定められています。決して軽視してはいけないと思います。
群馬心不全地域連携協議会では、県内にあるすべての医療機関を“ 一つの医療機関” とみなして、地域全体で心不全を診療する体制の構築を目指しています。かかりつけ医の先生には、安定している心不全患者さんをお任せして、何かおかしいと感じたら、すぐに専門医に連絡していただくように、敷居を低くしたいと考えています。
大学では2022年3月から県内初の「息切れ外来」を設置しました。「息切れ程度で」と中核病院への紹介を躊躇されるかかりつけ医の先生方が少なくありません。しかし、息切れの中には重大な心疾患が隠れている場合があります。さらに、BNPやNT-proBNPの外来も始めることにしました。息切れ外来ですと、1/3の患者さんはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者さんでしたので、さらに心疾患の患者さんを見つけるために、かかりつけ医の先生方にBNPとNTproBNPを積極的に測定していただき、当院に患者さんをご紹介いただく流れが作れればと考えています。
― 医療連携のなかで活用されているツール(例:心不全連携手帳)があれば教えてください。
石井先生 2021年4月から『心不全健康管理手帳』(発行:群馬心不全地域連携協議会)を活用しています。手帳は心不全に関連した知識や治療に加えて、異常の早期発見を患者さん自身にしてもらうために、各種症状を“ 黄色信号” と“ 赤信号” に振り分けました。黄色信号は数日以内にかかりつけ医に受診すること、赤信号はその日のうちにかかりつけ医を受診、あるいは苦しい場合は、救急車を呼ぶように指示しています。日々の状況を記載するための「自己管理ノート」(図3)も盛り込まれており、すべて記入すると“ 修了証” のページに主治医からサインをもらうことができます。
部数の制限があるため、現状は心不全で入院した患者さんを対象に配布しています。今後は、心不全のステージA〜Bの段階から早期に介入できるように、この手帳を活用していきたいと考えています。さらに、この紙の手帳のアプリ化も計画中ですし、腎臓専門医の先生にも手帳に興味を持っていただき、手帳に糖尿病や腎臓の内容も盛り込んでいくことを話し合っています。
― 心不全とCKD の患者数が今後増加することなどを踏まえ、2022年度の診療報酬改定では、かかりつけ医機能を評価した地域包括診療料・加算の対象疾患に「慢性心不全」と「慢性腎臓病」が追加されました。この改定に期待することをお聞かせください。
石井先生 心不全とCKD は、一方が悪ければもう一方も悪くなるという関係性ですので、早期にどちらかに介入することが求められますし、かかりつけ医の先生への期待は決して小さくありません。Fantastic Four(β遮断薬、SGLT2阻害薬、ARNI[アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬]、MRA[ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬])に代表されるように13)、心不全の薬物療法がここ数年で進化したことも、心不全とCKD診療には追い風になっていると感じます。
一方、風が吹かなかったのは脳卒中・循環器病対策基本法です。2018年12月10日に可決・成立した同法が1年後に施行されるタイミングでCOVID-19に話題をさらわれてしまいました。
全国的には死因別死亡数では第1位が悪性新生物ですが、群馬県では2位の悪性新生物に500人程度の差をつけて循環器系疾患がトップとなっています14)(図4)。がん領域の薬物療法も免疫チェックポイント阻害薬の登場により、イノベーションが起こりましたが、動脈硬化が進行するという有害事象が発生しやすくなることが分かっています15)。そのため、Cardio-oncology(循環器腫瘍学)が注目されるようになりました。
心不全やCKDについてかかりつけ医の先生との連携を示す「手帳」を有効活用して進める一方、がんについては専門医との連携を強化する必要性を実感しています。
― 日本循環器学会を代表されて執筆に携わられた『糖代謝異常者における循環器病の診断・予防・治療に関するコンセンサスステートメント』16)が製作された経緯と、この中で最も伝えたかったことについてお聞かせください。
石井先生 疾患がある患者さんの多くが糖尿病を患っていますし、糖尿病を患っている患者さんは心疾患も持っている。これまで縦割りで治療してきた心疾患と糖代謝異常を、お互いの専門家が協力して予防・治療できれば良いということが一番の狙いであり、ステートメントのコンセプトです。とは言っても紹介基準がないと迷われると思いましたので、糖尿病専門医から循環器専門医への紹介基準と、循環器専門医から糖尿病専門医への紹介基準、DM患者における心不全の診断フローチャート(図5)等も掲載しています
― コンセンサスステートメントでは、「糖尿病患者における心房細動に関する医師の意識が乏しい」と指摘されています。この背景と対策についてお聞かせください。
石井先生 糖尿病患者は一般人に比べてAF の合併が多く、さらに高齢になるほどAF の発症が増加します。糖尿病はAF の独立した危険因子なのです。また、AF患者における心不全の発症リスク因子として、糖尿病は大きな位置を占めます17)。つまり、糖尿病にAFが加わればハイリスクになり、AFが見つかれば心血管リスクが高いことを強調したかったのです。
しかし、AFは無症状の患者の割合が半分くらいで、見逃され続けるとさらにリスクが高まることになります。今は自動血圧計が主流ですので、循環器専門医、糖尿病専門医ともに脈を診る機会が少ないことも問題のひとつかもしれません。自覚症状が出た時は即座に生命とQOLに大きな影響を与えるということを、認識しておいていただきたいと思います。
私が診たAFの患者さんも半数くらいは無症状でしたし、すぐにでもアブレーション治療をしたほうが良い患者さんも少なくありませんでした。AFから脳梗塞になれば、半数くらいは寝たきりか死亡に至ります。脳梗塞にならなくても、心不全やCKDを悪化させる要因になり得ることを認識しておくことが必要です。
― 循環器疾患や糖尿病合併CKD診療を考える上で、群馬県特有の地域格差の状況を教えてください。
石井先生 循環器領域に関しては最もクリティカルな問題として、医師の高齢化があります。医師の平均年
齢は全国が50歳弱、群馬県が52歳くらいとあまり差はありませんが、循環器に絞ると全国平均46.5歳に対して群馬県は54歳と8歳くらいの開きがあるのです。厚生労働省が2036年における医師不足の予測データを出していますが、群馬県は34.5%も不足すると予測されています(図6)18)。
これは全国でワースト4位の不足率です。6位の新潟の先生と先日、医師不足について情報共有しましたが、60〜65歳が循環器医師分布のボリュームゾーンだそうです。医師不足については“ 数” のみに焦点が当てられがちですが高齢化にも着目すべきだと思います。50歳代、60歳代では緊急で呼ばれても体力的に難しいと言わざるを得ません。そのため、学生たちには循環器領域の魅力について伝え続けています。
このまま医師不足の問題が解決されないと、例えばPCI についてはonset to balloon time(発症から再灌流までの時間)が長くなってしまいます。これについては、医療提供体制をさらに集約すべきだという意見と、PCI過疎地域を拡大して良いのか?という意見に分かれます。私は、ある程度のエリアの中でPCI を実施できる病院を確保すべきだと思います。例えば、東京から草津温泉に観光にきた人が心筋梗塞になっても助けられないという状況は、避けなければなりません。
もう一つの課題は、群馬県にはレジストリがないことです。レジストリがないと地域間の問題などを調べようがありません。この課題については少しずつ手をつけたいと考えています
― 最後に、今後の目標を教えてください。
石井先生 先ほど触れたように、まずは一人でも多くの若い先生に循環器を選んでもらうこと。そのために循環器専門医の魅力について発信し続けたいと思います。それからレジストリを構築して地域間の問題点を浮き彫りにして、大学として群馬県の皆様と課題を共有したいと思います。