心腎連関を意識したCKDマネジメント
~循環器専門医の立場から~
取材日:2022年8月19日

群馬大学大学院医学系研究科
内科学講座循環器内科学 教授
石井 秀樹 先生

糖尿病性腎症の重症化予防は、糖尿病治療における最大の課題のひとつです。
さらに昨今では、患者数の増加が懸念されている心不全を中心とした循環器疾患と慢性腎臓病(CKD)が密接に関係していることが指摘されるようになりました。それぞれ高度な専門診療科が存在する心臓と腎臓が複雑に関連するCKD の管理には、専門医同士の連携が必要です。今回は、循環器専門医の立場から、群馬大学大学院医学系研究科内科学講座循環器内科学主任教授の石井秀樹先生に、糖尿病合併CKD 患者のマネジメントについて、現状と課題、腎臓専門医・糖尿病専門医との連携、かかりつけ医への期待などについてお話をうかがいました。
心腎連関を意識した診療
CVIT(日本心血管インターベンション治療学会)がまとめたJ-PCIレジストリー2021集計結果(1,150施設から年間約25万件の症例が登録)によると、国内のPCI施行患者の平均年齢は上昇傾向にあり、2021年は71.4歳でした6)。リスク因子に目を向けると、高血圧が8割弱で糖尿病が45~46%、脂質異常症も7割近くです。
CKDは2~3割程度、維持透析の患者さんは7%程度です。実数としては1万7,500人程の透析患者さんがJ-PCIに登録されていることになります。この1万7,500人を国内の透析患者数35万人7)で割ると、20人に一人が1年に1回PCIを受けている計算になります。透析導入の原因として、糖尿病性腎症は4割強います7)。ここからも、循環器疾患を抱える患者さんの糖尿病・CKD に介入することが重要であるとお分かりいただけると思います。
循環器専門医はeGFR を重視する傾向があると思いますが、腎臓内科の先生からは「尿蛋白が出ているかどうかのほうが大事」だと言われます。
先ほどのCVITのデータ6)ではPCI施行患者さんのリスク因子でCKDは2~3割程度でしたが、名古屋大学のPCIデータでは約4割がeGFR60未満となっています(図2)12)。
残りの約6割はeGFRが60以上になるわけですが、検査をしたところ20.5%が微量アルブミン尿、2.5%が顕性アルブミン尿という状況でした。つまり、eGFRが60以上の人でも、その約1/4がCKDだったということです。循環器専門医はCKD の重症度分類をGFR 区分の“ 縦軸” で考える癖があると思いますが、蛋白尿区分の“ 横軸”も重視しなければいけないことが、このデータからも分かります。
図1 CKDと心不全(HF)、心房細動(AF)の連関

1. Iguchi M et al. Circ J 2016; 80: 62-3; 2. Shiba N and Shimokawa H J Cardiol 2011; 57: 8-17;
3. Watanabe H et al. Am Heart J 2009; 158: 629-36
図2 eGFR別のPCI施行割合

名古屋大学PCI data
石井先生からのご提供資料
息切れを軽視しない
貧血も見逃せません。私を含めて循環器専門医の多くがヘモグロビンが10g/dLくらいになっても、あまり気にされないかもしれません。しかし、WHOの貧血の基準は、男性は13g/dL未満、女性は12g/dL未満、妊婦は11g/dL未満と定められています。決して軽視してはいけないと思います。
群馬心不全地域連携協議会では、県内にあるすべての医療機関を“ 一つの医療機関” とみなして、地域全体で心不全を診療する体制の構築を目指しています。かかりつけ医の先生には、安定している心不全患者さんをお任せして、何かおかしいと感じたら、すぐに専門医に連絡していただくように、敷居を低くしたいと考えています。
大学では2022年3月から県内初の「息切れ外来」を設置しました。「息切れ程度で」と中核病院への紹介を躊躇されるかかりつけ医の先生方が少なくありません。しかし、息切れの中には重大な心疾患が隠れている場合があります。さらに、BNPやNT-proBNPの外来も始めることにしました。息切れ外来ですと、1/3の患者さんはCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者さんでしたので、さらに心疾患の患者さんを見つけるために、かかりつけ医の先生方にBNPとNTproBNPを積極的に測定していただき、当院に患者さんをご紹介いただく流れが作れればと考えています。
部数の制限があるため、現状は心不全で入院した患者さんを対象に配布しています。今後は、心不全のステージA〜Bの段階から早期に介入できるように、この手帳を活用していきたいと考えています。さらに、この紙の手帳のアプリ化も計画中ですし、腎臓専門医の先生にも手帳に興味を持っていただき、手帳に糖尿病や腎臓の内容も盛り込んでいくことを話し合っています。
図3 心不全健康管理手帳

一方、風が吹かなかったのは脳卒中・循環器病対策基本法です。2018年12月10日に可決・成立した同法が1年後に施行されるタイミングでCOVID-19に話題をさらわれてしまいました。
全国的には死因別死亡数では第1位が悪性新生物ですが、群馬県では2位の悪性新生物に500人程度の差をつけて循環器系疾患がトップとなっています14)(図4)。がん領域の薬物療法も免疫チェックポイント阻害薬の登場により、イノベーションが起こりましたが、動脈硬化が進行するという有害事象が発生しやすくなることが分かっています15)。そのため、Cardio-oncology(循環器腫瘍学)が注目されるようになりました。
心不全やCKDについてかかりつけ医の先生との連携を示す「手帳」を有効活用して進める一方、がんについては専門医との連携を強化する必要性を実感しています。
図4 群馬県の死因別死亡数

群馬県人口動態統計概要より
令和2年人口動態統計より
ステートメントに込めた思い
図5 DM患者における心不全の診断フローチャート16)

糖代謝異常者における循環器病の診断・予防・治療に関するコンセンサスステートメント
しかし、AFは無症状の患者の割合が半分くらいで、見逃され続けるとさらにリスクが高まることになります。今は自動血圧計が主流ですので、循環器専門医、糖尿病専門医ともに脈を診る機会が少ないことも問題のひとつかもしれません。自覚症状が出た時は即座に生命とQOLに大きな影響を与えるということを、認識しておいていただきたいと思います。
私が診たAFの患者さんも半数くらいは無症状でしたし、すぐにでもアブレーション治療をしたほうが良い患者さんも少なくありませんでした。AFから脳梗塞になれば、半数くらいは寝たきりか死亡に至ります。脳梗塞にならなくても、心不全やCKDを悪化させる要因になり得ることを認識しておくことが必要です。
齢は全国が50歳弱、群馬県が52歳くらいとあまり差はありませんが、循環器に絞ると全国平均46.5歳に対して群馬県は54歳と8歳くらいの開きがあるのです。厚生労働省が2036年における医師不足の予測データを出していますが、群馬県は34.5%も不足すると予測されています(図6)18)。
図6 都道府県別2036年の医師不足率予測

厚生労働省 医療従事者の需給に関する検討会
www.mhlw.go.jp > content
このまま医師不足の問題が解決されないと、例えばPCI についてはonset to balloon time(発症から再灌流までの時間)が長くなってしまいます。これについては、医療提供体制をさらに集約すべきだという意見と、PCI過疎地域を拡大して良いのか?という意見に分かれます。私は、ある程度のエリアの中でPCI を実施できる病院を確保すべきだと思います。例えば、東京から草津温泉に観光にきた人が心筋梗塞になっても助けられないという状況は、避けなければなりません。
もう一つの課題は、群馬県にはレジストリがないことです。レジストリがないと地域間の問題などを調べようがありません。この課題については少しずつ手をつけたいと考えています
文献
- 1.
- Miyagi M, Ishii H, Murakami R, Isobe S, Hayashi M, Amano T, Arai K, Yoshikawa D, Ohashi T, Uetani T, Yasuda Y, Matsuo S, Matsubara T, Murohara T. Impact of renal function on coronary plaque composition. Nephrol Dialysis Transplantation 2010;25:175-181.
- 2.
- Hayano S, Ichimiya S, Ishii H, et al: Relationship between estimated glomerular filtration rate and composition of coronary arterial atherosclerotic plaques. Am J Cardiol 2012;109:1131-36.
- 3.
- Kono K, Fujii H, Nakai K, Goto S, Shite J, Hirata K, Fukagawa M, Nishi S. Composition and plaque patterns of coronary culprit lesions and clinical characteristics of patients with chronic kidney disease. Kidney Int. 2012;82:344-51.
- 4.
- Kumagai S, Ishii H, Amano T, Uetani T, Kato B, Harada K, Yoshida K, Ando H, Kunimura A, Shimbo Y, Kitagawa K, Harada K, Hayashi M, Yoshikawa D, Matsubara T, Murohara T. Impact of chronic kidney disease on the incidence of peri-procedural myocardial injury in patients undergoing elective stent implantation. Nephrol Dialysis Transplantation 2012;27:1059-63.
- 5.
- Nakano T, Ninomiya T, Sumiyoshi S, et al: Association of kidney function with coronary atherosclerosis and calcification in autopsy samples from Japanese elders: the Hisayama study. Am J Kid Dis. 2010;55:21-30.
- 6.
- 日本心血管インターベンション治療学会.J-PCIレジストリー2021集計結果.
https://www.cvit.jp/_assets/documents/registry/annual-report/j-pci/2021.pdf 2022年10月6日閲覧 - 7.
- 花房規男, ほか.透析会誌2021;54(12):611-657
- 8.
- Iguchi M., et al. Circ J. 2016;80(1):62-63
- 9.
- Shiba N., et al. J Cardiol. 2011;57(1):8-17
- 10.
- Watanabe H., et al. Am Heart J. 2009;158(4):629-636
- 11.
- Yokoyama H., et al. Diabetes Care. 2020;43(5):1102-1110
- 12.
- 名古屋大学のPCIデータ
- 13.
- Bauersachs J. Eur Heart J. 2021;42(6):681–683
- 14.
- 群馬県健康福祉部健康福祉課.令和2年 群馬県の人口動態統計概況(確定数).令和4年3月刊.
厚生労働省. 令和2年人口動態統計.
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450011&tstat=000001028897&cycle=1&tclass1=000001053058&tclass2=000001053060&tclass3val=0 2022年10月28日閲覧 - 15.
- Zsofia D., et al. Circulation. 2020;142(24):2299–2311
- 16.
- 日本循環器学会・日本糖尿病学会合同委員会編集.糖代謝異常者における循環器病の診断・予防・治療に関するコンセンサスステートメント.南江堂. 2020
- 17.
- Chamberlain AM., et al. Heart Rhythm. 2017;14(6):791–798
- 18.
- 厚生労働省. 医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会 第4次中間取りまとめ
https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/000501154.pdf 2022年10月7日閲覧
記事作成日:2023年2月