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心不全パンデミックに向けての課題とは
~心腎連関を含めて考える

取材日:2021年11月16日

角田 恒和 先生

土浦協同病院 副院長/循環器内科部長
角田 恒和 先生

戸田 孝之 先生

土浦協同病院 腎臓内科部長
戸田 孝之 先生

人をつなぐ 医療をつむぐ

 高齢化が進む日本では、心不全患者が大幅に増加する心不全パンデミックが危惧されています。高齢心不全患者では特に腎機能低下や慢性腎臓病(CKD)の併存により心疾患に悪影響が及ぶなどの心腎連関が大きな課題であり、心保護と腎保護の両者を考慮した治療選択の観点から、循環器内科と腎臓内科の緊密な連携が求められます。
 そこで、プライマリケアから三次救急まで地域のあらゆる医療課題に対応し、地域患者を支えている土浦協同病院の循環器内科と腎臓内科の両部長に、同院循環器センターおよび腎臓内科における患者像、心腎連関を考慮した治療アプローチ、心不全患者へのアドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning;ACP)など、心不全パンデミックへの対応に関する現状の課題と今後の在り方を議論していただきました。

高齢患者が増加する中
危惧される心不全パンデミック

― 土浦協同病院循環器センターにおける患者像や治療対象疾患について伺います。高齢化の進展に伴い、心不全の増加が危惧されていますが、緊急搬送例などの現状を教えていただけますか。
角田先生 ここ10年で、高齢の心不全患者さんが明らかに増えています。しかも、糖尿病や腎機能障害、脳血管疾患、身体活動面では整形外科疾患を含めて、複数の並存疾患を持つ高齢患者さんが、心不全で搬送されるケースが増えているのです。心不全とひとくちにいっても、若年の急性心不全患者さん、外来で慢性心不全を診ていたところ増悪して再入院する患者さんなど、さまざまな背景を持った方が入院されており、中でも高齢者の場合、急性期以降のケアを地域でどのようにフォローしていくかが今後の大きな課題と考えています。
 その課題にどのように対応すべきか、クリニカルパスを用いて開業の先生方と連携するなどの地域医療連携が必要かもしれません。しかし、特に重要な点としては、リハビリテーション、訪問医療、ACPの担い手の問題です。医療保険制度や介護保険制度の問題を含むため、行政を含め地域で解決すべき問題と感じています。これらの課題は、急性期病院としての当院の役割を逸脱したものですが、当院ができる範疇で担い手不足のフォローに努めているのが現状で、地域全体への啓発を含め重い課題であると捉えています。
 現在は、医師会の先生方や高齢者施設のかかりつけ医の先生方と定期的に話し合う機会を持つなどのコミュニケーションを図り、急性期治療を要する前にどのようなケアが必要かをともに考えていく機会を増やしているところです。
― 腎臓内科で診られている患者像についてはいかがでしょうか。
戸田先生 腎臓内科では、健診で尿異常が指摘された軽度の腎機能低下例、開業医からの紹介例、救急外来からそのまま入院となった併診例、他科からの相談など、多岐にわたる患者さんを診ていますが、やはり最近は原疾患を問わず高齢患者さんを診る機会が明らかに増えています。腎疾患患者さんにおいても心不全患者さんと同様に、急性期を経た回復期など、以前から急性期病院を前線と見立てた場合の後方支援的な医療機関などの施設がない点に苦慮しています。長期透析患者さんなど当院で長く診ることができない例も増えており、ソーシャルワーカーさんと協力して入院しながら透析も診ていただける施設を探して受け入れをお願いするなど、苦労しているのが現状です。
 腎機能は腎疾患以外の原因によって一時的に低下することが多く、さまざまな疾患が関与しますが、高齢の患者像としては、動脈硬化が背景にあり尿蛋白が軽度の腎硬化症が割と多い印象です。腎硬化症であれば基本的に進展は緩やかなのですが、そうした方でも急激に悪化する場合があり、慢性期の診療については当院のような急性期に強い病院ではなく、地域の先生方との連携で分担できれば理想的と思うのですが、現状はなかなか理想的なレベルには至っていません。
茨城県土浦医療圏(土浦市・石岡市・かすみがうら市)

(国土地理院 地理院地図Vectorを基に作成)

個別の具体的な問題について
循環器内科、腎臓内科で対応を検討

― 心臓と腎臓は相互に密接に関連しており、「心腎連関」を考慮した治療が必要であるといわれています。その点についてご見解をお聞かせください。
角田先生 近年、心腎連関は循環器分野でも重要視されているテーマです。心腎連関には、心機能の悪化が先行するもの、腎機能の悪化が先行するものなどがあり、さまざまな理由から治療法もアプローチも異なりますが、総じて言えば、われわれ循環器疾患を診る側としては原因が明確な疾患が多くを占めます。ですから、個別の具体的な問題が生じた際に、腎臓内科に相談しながら対応を検討しています。
 腎機能低下例の循環器疾患治療において苦慮するのは、心臓の薬剤が非常に使いにくくなることです。しかしながら、循環器領域では外科的に対応できる急性疾患が多いので、さまざまな選択肢から適切な方法を用いて治療に当たるとともに、リハビリテーションや栄養など多職種の協力を得るのが重要であると考えます。
戸田先生 角田先生がおっしゃる通り、腎機能低下例に対する薬剤選択の問題があります。例えば、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系薬では高カリウム血症の懸念があるため、ご相談をいただく場合があります。それに対して汎用されているものとしてはカリウム吸着薬が挙げられますが、新しい薬剤が登場しているものの高額であることや、従来薬では便秘を来しやすく腸管への負荷が高いことなどの課題があります。私は以前から、呼吸器不全などCO2の蓄積がない例では、アシドーシスに対しては重曹を用いるようにし、カリウム吸着薬などはなるべく少量にとどめるよう心がけて診療に当たっています。
 最近では、SGLT2阻害薬、バソプレシンV2-受容体拮抗薬、HIF-PH阻害薬など、心臓および腎臓に関連する病態の双方に対する利点を持つ新薬が登場してきました。そうした薬剤が積極的に用いられるようになると、良い方向に向かうのかもしれません。腎臓内科ではなかなか新薬の処方が進んでいない実情がありますが、循環器内科の先生方はエビデンスがあれば積極的に使用する姿勢をお持ちで、「この薬を使いたいけれど、どうでしょうか」と腎臓内科にご相談いただくこともあります。
角田先生 確かに、最近では心機能が低下した心不全患者さんに対する新薬が増えており、中には心不全の治療薬でありながら腎不全や腎機能の改善につながるというエビデンスも得られつつあります。
 心腎連関の観点を踏まえた腎臓内科との連携については、先述の通り個別に行っており、例えば外来で診る腎機能障害例や心機能障害例について連携する際、推算糸球体濾過量(eGFR) やクレアチニンの数値基準を設けるといったことはしていません。急性疾患を扱う中で、尿量が確保できず持続的な除水が必要なケースや腎代替療法が必要なケース、外来ではCKDの悪化により心不全の治療薬が使えないケースなど、具体的な問題が生じてからの連携や相談が主体です。難渋するケースに関して直ちに相談できる体制が重要と考えるならば、地域を含め心不全患者さんをフォローしている先生方が抱えている具体的な問題について、腎臓内科の先生に気軽に相談できる仕組みを構築することが必要なのかもしれません。
 さらに、治療に難渋する心腎連関となると、末期腎不全などターミナルに近い患者像ですから、緩和医療やACPなどが大きいテーマです。
 心不全はチーム医療であり、1人の医師が全てケアするのが難しいのは明らかです。また、腎臓に加え、その他の全身状態の管理は医師だけで手に負えるものではありません。急性期を担うわれわれとしては、行政、地域のさまざまな職種の医療従事者、患者さんとご家族など、関係者全員の協力をもっと模索していく必要があると感じています。
― 地域で患者さんを診ている先生方から相談が寄せられたり紹介されるタイミングとは、どのような段階が多いのでしょうか。
角田先生 地域の先生方がコンサルテーションを希望される患者さんの腎機能や心機能の程度は、それぞれの先生方によるところが大きいです。肩で息をしているような状態で初めて紹介されるケースもありますし、B型ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が少し上昇したからと相談していただいたケースでは、こちらで精査したところ、心不全の進行ではなく心房細動が原因と判明したことなどもあります。
 とはいえ、患者さんを紹介してもらう中で心不全を予防できる場合があります。心不全の病因の中でも、大動脈弁狭窄症、僧帽弁閉鎖不全症、虚血性心疾患、心筋症など、手術を含めた手技や治療法でアプローチできる疾患を抱えている患者さんがなかなか紹介いただけないのが課題です。そうした患者さんを拾い上げて急性期病院で対応するとともに、慢性かつ増悪を繰り返すステージに至った心不全患者さんは病診連携や多職種協働チームで対応し、開業医の先生方にも訪問診療などで介入していただける方法の確立が必要です。
― 多職種連携が重要とのお話でした。心疾患・腎疾患ともに進行予防には生活習慣病の管理が重要ですが、地域の患者さんの管理状況についてはいかがでしょうか。
角田先生 入院時には、われわれも患者さんだけでなくご家族に食事を含め塩分制限や血圧管理について説明しており、高齢患者さんが増える中、薬剤も施設やご家族の方に管理していただけるので、以前に比べれば管理状況は良くなっていると思われます。
 心不全ステージA、Bでは自覚症状がほとんどなく、その段階で生活習慣病の管理がなされ、進展させないことが理想です。なかなか難しいのが現状ですが、予防の観点からの介入ができれば心不全患者さんそのものを減らせる可能性があります。
土浦医療圏における土浦協同病院の位置付け

(厚生労働省 令和元年度DPC導入の影響評価に係る調査「退院患者調査」の結果報告についてより作図)

心不全におけるACPの普及
基本は、いつでも変えられること

― 治療に難渋する心腎連関となると、緩和医療やACPが重要であるとのことでした。心不全診療ガイドラインでは心不全と診断されたときにACPが始まるとされていますが、ご見解をお聞かせいただけますか。
角田先生 ACPは緩和医療と密接に関連する考えなので、患者さんご本人、ご家族、キーパーソンなどが関与します。しかし、保険点数としての取り扱い、時間の確保、ご家族は平日に来院できるかなど、さまざまな問題が絡んでいるので、慢性心不全で外来を受診されている患者さんにACPの話をするのは現実的には難しいです。
 心不全という疾患に対する社会の認識が、がんにおける緩和医療などとは根本的に異なるという点も大きな課題です。心不全は一時的には寛解するため、社会的な認識としては、治療によって良くなる病気、死亡を含め終末期とは縁遠い病気という感覚があると思うのです。
 その辺りは日本の特徴でもあり、海外における高齢者の心不全に対する治療の捉え方とは大きく異なります。海外ではACPについて社会も患者さんご本人も受容しており、早期から受け入れ態勢ができているのですが、日本では心不全のACPとは治療を尽くした後に、どこまでの集中治療を続けるかを患者さんのご家族に尋ねるのが主体です。心不全におけるACPが、一般の方のがんの緩和医療に対するイメージのように、心不全の経過をどのように捉えてどのような治療を望むかを、患者さんご本人がある程度受け入れていくような社会認識の醸成が必要ですから、心不全におけるACPについての社会的な啓発が必要です。
 現状を踏まえると、日本における高齢心不全患者さんへのACPのアプローチとしては、心不全の急性増悪を経験するケースではその後、元のステージには戻りにくい場合が多いので、心機能や併存疾患の状態についても勘案し、患者さんご本人とご家族がある程度病状の悪化を認識して受け入れ始めた段階が妥当かと思います。本来は、心機能障害が生じた段階、心不全になるかならないかの段階で心臓に関する将来の緩和医療のことを話し始めてよいと思うのですが、もう少し進展した段階で、高齢患者さんから始めていくのが実情に即していると思います。
 当然ながら、かかりつけ医ともACPについて共有する必要がありますが、心臓の分野ではまだそのような認識が浸透していないのが現状です。
戸田先生 腎領域でも腎機能がある程度低下した際には患者さんにお話をしなければなりませんが、ACPのような前もっての準備はそれほど進んでいないのが現状ではないかと思います。しかし、血液透析、腹膜透析、腎移植といった治療選択肢のこと、保存的に経過を観察する場合のことなど、より詳細かつ丁寧な説明が求められますし、その中では、患者さんとご家族の希望に沿うことが重要です。例えば、いったん透析の中止を希望されても、場合によっては再開を希望されることもあります。そうした患者さんの希望に対する配慮が必要と思います。
角田先生 腎臓の場合、腎代替療法を拒否すると死期が決まってしまう面がありますね。心臓は厳しい状態にあってもまだ少し猶予がある。その辺りもまた、がんなどとは異なる点です。
 いずれにせよ、戸田先生がおっしゃったように、ある程度柔軟に対応することが肝要です。ACPの基本はいつでも変えられること。この点は意識しておくべきだと思います。
心不全パンデミックに向けての課題

(取材を基に作成)

急性期治療で防げる心不全は防ぎ
慢性心不全は地域全体でケアを

― 最後に今後の心不全への対応の在り方などについてお伺いします。
角田先生 心不全は、高齢化が既に進んでいるこの地域でも2030年代までは増加すると予想されます。年々、高齢者の併存疾患は増え、心臓だけをケアしてもQOLや日常生活動作(ADL)の維持は難しくなっていきます。医療連携、多職種でのチーム医療、そして現在先行しているがんにおけるものとはまた異なる心不全における緩和医療を進めながら、治療が可能な心臓弁膜症や狭心症、心筋梗塞、不整脈、頻脈といった疾患を抱える患者さんについては専門的な治療で心不全への移行を阻止していく。その両面でわれわれ医療者がいかに治療していけるか、行政、患者さんとそのご家族も含めてみんなで考え、共有し、対応できる方向に進んでいけるかが鍵だと思います。
戸田先生 高齢患者さんが増加すればするほど、多くの方々を巻き込みながら分担、協力していくシステムづくりが必要になると思います。今後も循環器の先生方、そして地域の先生方と互いに相談や連携を深めることで、患者さんのより良い予後につながればと願っています。

記事作成日:2022年4月

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