糖尿病の合併症と透析導入の予防をめざして
透析導入を遅らせるための早期治療の重要性
柴垣 有吾 先生
学校法人聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科教授
同じく腎臓専門医であった父の闘病経験から、「患者さんが幸せになれる医療の実現」をめざし、日々診療にあたっている。
島袋 充生 先生
公立大学法人福島県立医科大学
糖尿病内分泌代謝内科学講座教授
日々多くの糖尿病診療に携わる中、「腎臓や心臓の合併症は予防できる」との信念のもと、患者さんへの指導・啓発に努めている。
加藤 健児 さん
74歳、NPO法人岐阜県腎臓病協議会前会長
38歳で2型糖尿病を発症、46歳で糖尿病性腎症と診断され、49歳で血液透析導入。透析歴は約26年。
高田 裕二 さん
60歳、NPO法人岐阜県腎臓病協議会事務局長
慢性糸球体腎炎により24歳で血液透析導入。約26年の透析生活を経て、50歳時に献腎移植を受ける。
糖尿病は慢性腎臓病(CKD)の病態を促進させることが知られています。また、糖尿病の合併症である糖尿病性腎症は、わが国における維持透析(血液透析・腹膜透析)導入の原疾患の第1位です※。透析患者の増加は、QOL の低下や医療費の増大を招くことから社会問題にもなっています。そこで、糖尿病の合併症と透析導入の予防をめざして、「透析導入を遅らせることを念頭に置いた早期治療の重要性」、「重症化を防ぐための取り組み」をテーマに専門医の先生方と患者さんに対談いただき、ご自身の経験をまじえて大いに語っていただきました。
※新田 孝作ほか. 透析会誌. 2020; 53(12): 579-632.
早期治療介入の重要性
~透析導入予防の観点から
柴垣 本日は腎臓専門医である私から、透析導入を遅らせる観点で早期治療のメリットについてお話ししたいと思います。
我々腎臓専門医は、日頃外来で患者さんの血中クレアチニン値を測り、GFR(糸球体濾過量:腎臓でつくられる尿量)を算出しています。少し専門的になりますが、クレアチニンとは筋肉に含まれる蛋白質の老廃物で、腎臓が悪くなると血液中に溜まります。クレアチニンが正常値の2倍で腎機能は2分の1、クレアチニンが正常値の3倍で腎機能は3分の1と数値と腎機能は反比例します。我々は、クレアチニン値と年齢及び性別から、eGFR(推算糸球体濾過量)という腎機能の指標を算出しています(表1)。若い人のeGFRの正常値は100mL/分/1.73m2(以下、単位省略)程度であり、eGFRの値をもって、100点満点中の何点であると腎機能を表現しています。
慢性腎臓病(CKD)は進行性の病気ですので、eGFR値は徐々に小さくなっていきます。このeGFR値の変化をつないだ線の傾き(eGFRスロープ)具合から、透析導入時期の予測が可能となります。
表1 CKDの重症度分類 1)

日本腎臓学会編. CKD 診療ガイド2012. 東京医学社, 2012; p.3.
高田 eGFR 値の変化を示す線は、CKDになると傾くのですか。
柴垣 健康な人でも加齢とともに傾きますが、糖尿病や動脈硬化の患者さんは傾きがより強くなる傾向があります。ただ、適切な治療により、この傾きを緩やかにできる可能性があります。そうすると、図のように透析導入の時期を遅らせることができます(図1)。
加藤 私は30年ほど前に腎機能の低下を指摘されましたが、仕事での異動が重なって、自分の体に注意が向きませんでした。2ヵ月に1度、通院はしていましたが、毎回自己管理が悪いと先生からお叱りを受け続けたことを思い出します。

図1 CKD治療による透析導入時期の違い【模式図】

柴垣先生 ご提供
柴垣 そうあって欲しいですね。私の患者さんも、このグラフで傾きが穏やかになったことを大変喜ばれて、治療を頑張ってくださいます。ただ、このようなeGFRの傾きは、年単位の推移で見ないと把握できません。早いうちから我々専門医もかかりつけの先生と一緒に併診させていただき、患者さんの長い経過をしっかりとサポートしていきたいと思います。
加藤 腎機能に問題があると分かれば、早い段階で腎臓専門の先生に診ていただく必要があるということですね。私は1995年、いずれ透析が必要になるかもしれないとのことで、念のためシャント※1造設の目的で入院しました。すると、その3日後に「明日から透析を始めます」と急に告げられて透析が始まりました。

高田さん
高田 岐腎協では電話相談事業を行っていますが、「今すぐに透析といわれた」という相談をよく受けます。恐らく、CKDが重症化してから受診する患者が多いのだと思います。「少しでも透析を遅らせるためにはどうすれば良いのか」ということもよく相談を受けます。糖尿病であれば島袋先生が実施されているABCDEの管理※2をしっかり行い、早めに腎臓専門医のもとで腎機能をチェックすることが重要であることを、あらためて認識しました。
柴垣 そうですね。たとえ腎臓専門医でも、透析導入寸前に腎機能が下がってしまった患者さんがいきなり受診しても、透析時期を遅らせるのは難しいと思います。

腎臓が専門外の先生方にも、該当患者さんの紹介をぜひお願いしたいと思います。腎機能がまだ良い時期(eGFRが30~45以上)は年に数回の受診で良く、かかりつけの先生による診察が中心で良いのですが、腎機能が低下するにつれ、受診の間隔を短くして、専門医の診察を中心としていただき、受診頻度も月に1~2回となります。
- ※1
- シャント:透析のためになくてはならないもの。体に溜まった老廃物を効率良く取り除くためには、150~300mL/分の大量の血液を人工腎臓(ダイアライザー)に送る必要がある。しかし、通常の静脈を流れる血液だけでは十分な血流量が得られないため、手術によって動脈と静脈をつなぎ合わせて、静脈に大量の血液が流れるようにして、これを内シャントとする。
- ※2
- CKD患者さんの心血管疾患リスクを下げるために島袋先生が実施されている糖尿病の管理法。血糖(A)・血圧(B)、脂質(C)、禁煙・食事の管理(D)、腎症・網膜症・運動(E)について、治療の具体的な内容と数値目標が5項目でまとめられている。
重症化を防ぐために
~多職種で診ることの重要性

島袋先生
島袋 本日は、糖尿病専門医の立場からお話しさせていただきました。糖尿病やCKDを診ていく上で、かかりつけの先生方の存在が非常に重要です。健診で血糖値や腎機能の異常が疑われた方を定期的にサポートし、合併症が起こらないよう管理する上で、かかりつけの先生方が大きな力を発揮されます。前回お示ししたABCDEの数値目標をかかりつけの先生方と共に保てれば、合併症はほとんど防げます。
糖尿病であれば栄養士や理学療法士、さらには眼科医や歯科医、薬剤師、ケアマネジャーなど、多職種で患者さんをサポートしていく必要があります。ある程度症状が進んだ場合は、柴垣先生のような腎臓専門医をはじめ、合併症に関するさまざまな専門医の関与も必要です。
多職種による連携でも、ぜひかかりつけの先生方には中心的な役割を担っていただきたいと思います。
加藤 私は今、近くの市民病院の循環器科、整形外科、皮膚科、眼科、歯科口腔外科を受診していますが、1ヵ月の薬代が15万円を超えたことがあります。少しでも減らせないかと先生にご相談しているところです。かかりつけの先生がいれば、このような相談もしやすいと思います。
柴垣 そうですね。恐らく我々専門医が薬を処方すると、糖尿病専門医・循環器専門医・整形外科など多数の科を受診されている方も多く、10種類以上もの薬を飲む状況が生まれてしまう患者さんもいらっしゃると思います。そこはかかりつけの先生が患者さんの状況をみながら、専門医の先生と連携して必要なお薬の取捨選択もしながら、治療を進めていただくのが良いと思います。
また、先ほど島袋先生がいわれたように、多職種によるサポートは重要です。我々も2011年から、多職種による「CKD教育入院」を実施しています。
高田 教育入院とは、具体的にどのような内容の入院でしょうか。
柴垣 患者さんにCKD への理解を深め、食事療法や運動療法を習慣化いただくことを目的としたもので、当院では多職種が6日間の患者指導を行っています。多職種とは看護師(生活指導)、管理栄養士(栄養指導)、薬剤師(服薬指導)、理学療法士(運動療法・リハビリ)などになります。
教育入院のメリットは医師による医学的評価や多職種指導だけでなく、医療者が患者さんのご家族など、患者さんのキーパーソンと話す機会でもあり、家庭環境や生活状況を把握することができることです。ある患者さんは、ご家族の話から、日々の食事はコンビニ弁当だったことがわかりました。当然、細かい食事指導の効果は見込めず、多職種から生活実態に見合った提案をすることになりました。また、ある患者さんは身体機能が低下しているのに、エレベーターの無いアパートの3階に住んでいることがわかりました。リハビリをより積極的に実施しなければ今の家に住めないため、退院後のリハビリも行うこととなりました。
教育入院を経験すると、先ほどのeGFRの傾きが一気に緩やかになる患者さんもいらっしゃるため、多職種によるサポートは非常に有効です。
本日は有意義な意見交換ができました。ありがとうございました。
- 1)
- 日本腎臓学会編. CKD 診療ガイド2012. 東京医学社, 2012; p.3.
まとめ
- GFR値の変化をつないだ線の傾き(eGFRスロープ)から、透析導入時期の予測が可能
- GFR60未満、尿蛋白陽性で、このいずれか、または両方が3ヵ月以上続く病態の患者さんであれば、積極的に腎臓専門医に紹介する
- 糖尿病やCKDの治療では、かかりつけ医と専門医、多職種による連携が重要
- 教育入院は、医療者が患者さんのご家族などと話す機会であり、家庭環境や生活状況の把握が可能
記事作成日:2022年9月