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糖尿病を持つ人の心理と行動に
寄り添う治療サポートとは
〜糖尿病カンバセーション・マップTMの取り組み〜

取材日:2024年1月10日

免疫内科学 教授 矢部 大介 先生

岐阜大学大学院 糖尿病・内分泌代謝内科学
膠原病・免疫内科学 教授
矢部 大介 先生

人をつなぐ医療をつむぐ

 糖尿病治療では食事・運動・薬物療法と並び、自己管理の教育サポートも重要な役割を担っています。治療法が確実に進歩する中、糖尿病を持つ人が「どのように人生を充実させるか」を自身で考えながら治療することが求められるようになりました。その支援ツールとして、糖尿病学習ツールである「糖尿病カンバセーション・マップTM」が普及しつつあります。
 今回、同マップの日本版作成と普及に携わった矢部大介先生に、概要および実施方法、効果について解説していただきました。あわせて、糖尿病を持つ人の心理と行動を踏まえた教育サポートの在り方と課題についても伺いました。

「理解できる言葉で説明を」
この願いをかなえることで疾患管理が良好に

―糖尿病治療が飛躍的に進歩してきた現在においても、いまだ治療に難渋するケースが多く見られるのはなぜでしょうか。
 糖尿病の病態研究の成果に基づき、画期的な新薬が登場し、糖尿病治療は大幅に進化したと思います。健康的な食事や運動を含め、治療の継続が必須となる糖尿病では、良好な血糖マネジメントを達成するために糖尿病のある人々の心理的、社会的な課題を理解した上で適切な教育サポートの提供が重要です。しかし、日常の忙しい診療の中では糖尿病のある人たちが直面する課題について話を伺う余裕もなく、いつも通りの処方に食事や運動に関する注意で終わってしまうことも少なくないでしょう。一方、受診に来られた方々は神妙な顔で「今後は気を付けます」と言いながら、その足でカツ丼やケーキなど食べに行ってしまう。
こうした人は相当数おられると思います。そうこうしているうちに、治療しても良くならないし、小言も聞きたくないからと通院を中断してしまい、次に来院するのは合併症が進行して自覚症状が出現するころ。せっかく早期に治療を開始しても、こうなってしまっては残念です。
 糖尿病は早い段階からの教育サポートが、将来の合併症の発症・重症化予防に極めて重要です。治療方針の決定には臨床データはもちろん、食事や運動の習慣、家族構成や経済状況などの情報や、糖尿病についてどの程度の知識を持っているのか、糖尿病治療に対してどれくらい準備ができているのかをしっかりと把握することが重要で、初診から数回の診療の間に聞き出す必要があります。そのために欠かせないのが、コミュニケーションです。
―必要なコミュニケーションとは、具体的にどのようなものですか。
 糖尿病のある人は、他の病気を持つ人と同様に、ご自身の病気の現状と治療、そして予後について理解できる言葉で説明してもらいたいし、相談に乗ってほしいと思っています。一方、医師は専門家の立場から説明はしても、ご本人がどこまで理解したか、何を聞きたいのかの確認まではできていない場合がしばしば。診察時間が短いので、心を許して具体的な内容を相談するにいたらない場合も多いでしょう。
 かかりつけ医の先生方のところで糖尿病の教育サポートを全て行うことは時間的にも人的にも大変困難だと思います。糖尿病専門医の私が以前に勤務していた地域では、かかりつけ医の先生方が、糖尿病と初めて診断された人を専門機関である私たちに紹介してくれました。専門機関では、専門医が糖尿病療養指導士(CDE)などと連携して糖尿病を持つ人の生活スタイルや治療に対する考え方を時間をかけて聞き取ります。とりわけ重要なのが「どう生きるために治療をするのか」という目標設定です。孫の結婚式に自分の足で歩いて参列したいのか、食を楽しみながら治療に取り組んでいきたいのか。今後の人生の在り方に関わる話を聞き出すには、糖尿病を持つ人と同じ目線で話を聴き、医師からは必要な情報を分かりやすく伝えるというキャッチボールのようなコミュニケーションが必要です。糖尿病教育入院も効果的で、自分の疾患について理解を深めてもらうことが、その後の20〜30年間の糖尿病管理に良い影響をもたらします。
 糖尿病を持つ人と専門医チームが話し合いながら治療方針を決めた後はかかりつけ医にお任せし、4カ月に1回のペースで私たちがフォローするという循環型の連携が理想的と考えています。糖尿病と初めて診断された人のうち、4割近くの方々が糖尿病に関する教育サポートにより糖尿病治療薬を使用しなくても治療目標を達成できているという報告1)もあるくらい、糖尿病の教育・支援は糖尿病管理において重要です。

正しい治療で「糖尿病のない人たちと変わらない人生」を歩める

―食を楽しむことも治療目標にできるのですね。
 糖尿病にまつわる誤解は数多く存在します。「食べてはいけないものが多い」というのはその代表格です。量とバランスに気を付ければ、食べてはいけないものはありません。外食はもちろんできますし、旅行も問題ありません。
 「糖尿病のある人は長生きできない」も正確ではありません。糖尿病のある人と糖尿病のない人の平均余命や死亡時年齢を比較した場合、わが国では糖尿病のある人が必ずしも短命ということではないことがわかっています(図1)2〜4)
 糖尿病のある人たちにもお話ししているのですが、糖尿病を持つことは「一病息災」と考えています。糖尿病を正しく理解して治療を続ければ「糖尿病のない人たちと変わらない質の高い人生」を歩めるのです。
―糖尿病治療における教育サポートとは、どのようなものですか。
 糖尿病のある人と一緒に作戦会議をすることと私自身は考えています。今の状態をもたらした原因をともに考え、原因への対処法についてどこまで許容できるかを聞き出します。そこから具体的な対処法を導き出すには、「糖尿病とともに歩む専門家」である本人の経験や意見が不可欠です。私たちは医療の専門家として可能な範囲で選択肢を複数提案し、その人自身に選択してもらいます。医療者がすべきことは、ご本人の治療意欲をかき立てることだと考えています。JADEC(日本糖尿病協会)では、その目的にかなう種々のツールを提供しています。

図1 糖尿病の有無別に見た日本人の平均余命(40歳時)

図1 ■ 糖尿病の有無別に見た日本人の平均余命(40歳時)

(JADEC公式サイト「アドボカシー活動」より
https://www.nittokyo.or.jp/uploads/files/advocacy_summary.pdf)

医療者がファシリテーターとなって進行する
糖尿病カンバセーション・マップ

―糖尿病教育サポートツールの1つに「糖尿病カンバセーション・マップ」があります。どのようなものか教えてください。
 糖尿病について境遇の同じ人たちが集まり、話し合いながら学び、治療に対して前向きに取り組むことを支援するツールです(図2)。糖尿病のある人やその家族に、ファシリテーター1人を加えた5〜10人でマップを囲み、それぞれの経験や思いを45〜60分間、話し合います。糖尿病について学ぶだけでなく、思いや経験を共有することで治療に対し前向きになってもらうことを目的としたツールです。
 マップは6種類あり、「糖尿病とともに歩む」「糖尿病とはどんな病気ですか?」「食事療法と運動療法」「インスリン注射」「フットケア」、そして新たに加わった「糖尿病合併症」です。
―日本で開発されたのですか。
 国際糖尿病連合(IDF)が Healthy Interactions 社 と2008年に共同開発したもので、35カ国語以上に翻訳され、IDF加盟団体の130カ国以上で導入されています。アジアは欧州と糖尿病の病態のみならず、社会的、文化的に異なる点が多く、JADECで作成した日本版をアジア各国が翻訳する形で導入が進みました。日本では2009年から普及事業を開始しています5)
 糖尿病カンバセーション・マップによる教育サポートの効果を最大限に引き出す上で、糖尿病の正しい理解の下、参加者がリラックスした雰囲気の中、自由に質問したり意見を述べることができるようサポートするファシリテーターが重要な役割を担います。ファシリテーターを務めるには、JADECが実施するトレーニングを受講し、資格を取得する必要があります。普及事業開始当初は1泊2日の合宿で行っていましたが、現在では受講しやすい1日のプログラムとなりました。JADECの公式サイト(https://www.nittokyo.or.jp)でトレーニングの開催スケジュールをお知らせしていますので、興味のある方はぜひ参加していただきたいと思います。
―「糖尿病合併症」は、なぜ新たにマップに加えられたのですか。
 現場から「糖尿病関連腎臓病や動脈硬化症の予防について話し合えるマップがほしい」という声が多く上がり、それに応えたものです。ただ、他のマップに比べると使い方が難しいですね。話の進め方によっては「合併症は怖い」というネガティブなイメージを強調する恐れがあるからです。「しっかりと治療を続けたら、合併症は予防できる」と参加者がポジティブに受け取ることができるような会話が進むといいですね。ファシリテーターの腕の見せどころになるマップだと思います。

図2 糖尿病カンバセーション・マップを使った療養指導の様子

図2 ■ 糖尿病カンバセーション・マップを使った療養指導の様子

(JADEC提供)

マップは糖尿病のある人にも医療者にもメリットが

―糖尿病カンバセーション・マップを使うメリットを教えてください。
 糖尿病がある人がリラックスした雰囲気の中、普段は聞きにくい内容を質問したり相談することができ、同様の境遇を持つ人の経験や思いを聞くことができるのが大きなメリットです。参加者は同じ疾患を持つ人が何をどのように考えているかという点に興味があり、その言葉は糖尿病を持たない医療者の話に比べてはるかに重く響くようです。マップを囲んで話をするという参加者にとって非日常の空間で、気兼ねなく話し合っているうちに、本人が自覚していなかったストレスに気が付くことも少なくありません。抱えている問題がその場で解決するとは限りませんが、「言えなかったことを言葉にできた」経験は貴重だと思います。
 JADECが行ったアンケートの自由記載回答では、「悩んでいるのは自分だけではないことが分かった」「目標を定める必要性や自己管理の重要性を自覚した」などマップの実践で意識が変化したことを示す声が多く見られました6)
―糖尿病カンバセーション・マップの有用性を示す臨床データはあるのですか。
 統一された評価指標がまだないため、検討方法はまちまちですが、複数の報告があります。
 台湾で行われた研究では、受診時に従来の糖尿病教育を受けた従来群116例と糖尿病カンバセーション・マップに参加したマップ群121例で、HbA1c値および糖尿病治療に対する行動の変化を比較しました。その結果、従来群と比べ、マップ群ではHbA1c値が改善し、糖尿病治療に対して肯定的態度を示す項目の点数が高く、否定的態度の点数は低かったのです(図3)7)。特に高得点だったのは「活動的である」「健康への対処」「問題の解決」「リスクの軽減」でした。従来群では行動に有意な変化は見られませんでした。
イタリアで行われた研究では、HbA1c値の改善などに加え、医師・看護師・糖尿病のある人の関係やコミュニケーションが改善すると報告されました8)。糖尿病カンバセーション・マップは医療者側にもメリットをもたらすと考えています。
 私の実感として、①糖尿病を持つ人の本音に触れることができる、②本音に触れることが糖尿病治療をさらに深く考えるきっかけとなる、③コミュニケーションスキルを磨くことができる−などが挙げられます。
―マップを使う際は、どのような点に注意が必要ですか。
  1つは「ここでの話はここだけの話」を徹底することです。開始前に一言添えれば、参加者の安心感につながります。もう1つは会話がいきいきと進むように問いかけをしてみたり、難しい医学的内容についてはヒントを足したりして、参加者が常に関心を持ちながら会話に参加できるように心がけています。
―ファシリテーターの有資格者がいない施設で糖尿病カンバセーション・マップを行うには、どのような方法がありますか。
 ファシリテーターの有資格者数は2023年度で2,603人です。その多くが地域の基幹病院に在籍しているのでうまく連携できれば、かかりつけ医の先生方の施設に通院中の方々も参加することができます。
 かかりつけ医の先生ご自身やCDEの方々がファシリテーターの資格を取って実施されている場合もあります。談話室程度のスペースがあればマップは実施可能です。
JADECの会員になれば、ファシリテータートレーニングに参加することができます。

図3 従来の糖尿病教育と糖尿病カンバセーション・マップにおける糖尿病治療に対する態度の変化

図3 ■ 従来の糖尿病教育と糖尿病カンバセーション・マップに おける糖尿病治療に対する態度の変化

(Yang YS, et al. J Diabetes Investig 2015; 6: 662-669より作図)

糖尿病治療の今後の課題:
教育サポートとコミュニケーションスキル

―糖尿病カンバセーション・マップを実践する中で、あらためて糖尿病治療について感じられたことはありますか。
 医療者にも糖尿病教育サポートの重要性が十分に認知されていない点と、コミュニケーションスキルの重要性を痛感しています。
 マップで学び糖尿病と治療について理解を深めた人は、治療に対し前向きになる場合が多いです。糖尿病教育は、病を抱えた人であっても質の高い生活を送ることができる、その可能性を高めるものと期待できます。一方、教育には時間がかかる上、アウトカムがすぐには現れないことから評価されにくく、「不採算」と軽視されがちです。この点については、医療者とともに行政も根本的に認識を改める必要があると思います。
 マップを意義あるものにする要は人と人のつながり、コミュニケーションです。これは糖尿病治療全体にもいえることで、どれだけ効果的な治療薬が登場しても医師のコミュニケーションスキルが低ければ、糖尿病を持つ人は十分に納得できないままその治療法を受け入れることになると考えられます。話を聞き、選択肢を提示し、その人の判断をサポートする。こうしたコミュニケーションが成立して初めて、糖尿病を持つ人は得心して治療に向き合うのだと思います。
 「糖尿病治療は苦行ではない」。糖尿病を持つ人がこの言葉を実感できる治療を行っていきたいです。そのために医療者は何ができるのか、何をすべきなのかをこれからも考えながら、糖尿病診療に臨みたいと考えています。

文献

1)

矢部大介、遅野井健ほか、Diabetes Strategy 2012; 2:113-126.

2)

厚生労働省. 平成12年都道府県別生命表

3)

Goto A, et al. J Diabetes Investig 2020; 11: 52–54.

4)

中村二郎ほか、糖尿病 2024; 67: 106-128.

5)

矢部大介、東山弘子. 日本病態栄養学会誌 2010; 13: 321-328.

6)

東山弘子ほか、佛教大学教育学部論集 2011; 22: 49-68.

7)

Yang YS, et al. J Diabetes Investig 2015; 6: 662-669.

8)

Ciardullo AV, et al. Recenti Prog Med 2010; 101: 471-474.

記事作成日:2024年9月

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