座談会
2型糖尿病を合併する慢性腎臓病の早期診断・早期治療介入の意義
Introduction
日本では人口の高齢化を背景に慢性腎臓病(CKD)患者数の増加が予想されており1)、透析導入患者の平均年齢も年々上昇している2)。腎臓病には透析や移植などの腎代替療法という受け皿はあるものの、高齢者の健康寿命を延伸するためには、透析導入患者の原疾患の第1位として約40%2)を占める糖尿病性腎症の重症化を防ぎ、腎代替療法の導入を遅らせる取り組みが不可欠である。そこで「2型糖尿病を合併する慢性腎臓病の早期診断・早期治療介入の意義」をメインテーマに腎臓内科のスペシャリストである二人の先生をお招きし、2型糖尿病合併CKDの最新の治療を中心にお話を伺った。
※本剤の効能又は効果は「2型糖尿病を合併する慢性腎臓病 ただし、末期腎不全又は透析施行中の患者を除く。」
早期診断、早期治療介入の意義
Key point
- 微量アルブミン尿期は2型糖尿病合併CKDの早期・軽症ではない、早期の概念は見直しが必要
- 2型糖尿病合併CKDの早期病態は可逆性があり、治療介入はこの時期に注力すべき
- アルブミン尿測定は診療を見える化できる重要なツールの1つ
2型糖尿病合併CKDにおける「早期」とは?
横尾 多くの疾患で早期診断、早期治療介入が重要といわれていますが、まず最初に2型糖尿病合併CKDにおける早期の概念について柏原先生のお考えをお聞かせください。
柏原 従来、糖尿病性腎症ではその病期分類において、尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)30~299mg/gCrの微量アルブミン尿期が早期腎症期としてきました3)。しかし、この「早期」の概念は見直すべきではないかと考えています。21の一般住民コホート研究を対象としたメタ解析では、推算糸球体ろ過量(eGFR)が60mL/min/1.73m2未満、あるいはUACRが10mg/gCr以上になると、心血管死のリスクがほぼ直線的に上昇することが示されています(図1)4)。つまり、UACR 30mg/gCr未満の、微量アルブミン尿に至る前の時期から心血管死のリスクが高まっているということであり5)、微量アルブミン尿期をCKDの「早期」と考えるのには疑問の余地があります。イタリアのRemuzziらは“Time to abandon microalbuminuria?”と題する論文の中で、微量アルブミン尿期という言葉をやめてアルブミン尿関連疾患(albuminuria-associated disease)という概念に置き換えるべきだと提唱しています6)。CKDでは、尿中アルブミン値が測定下限に近い段階から腎・心血管イベントを起こす危険な状態であるにもかかわらず、「微量」という言葉を使うことで「早期」で「軽症」だと誤解し、診療における臨床医の判断に影響するおそれがあるからです。微量アルブミン尿期は決して早期でもなければ軽症とも言い難く、CKDにおける「早期」の概念を考え直すべき時期にきていると思います。
【図1】
Reprinted from The Lancet, Vol. 375, Matsushita K, et al, Association of estimated glomerular filtration rate and albuminuria with all-cause and cardiovascular mortality :
a collaborative meta-analysis of general population cohorts, pp.2073-81., Copyright (2010), with permission from Elsevier.
2型糖尿病合併CKDにおける早期治療介入の意義
横尾 微量アルブミン尿期に至る前の段階から心血管死のリスクが上昇することをご指摘いただきましたが、2型糖尿病合併CKDの治療介入の時期についてはどのように考えればよいでしょうか。
柏原 典型的なCKDの進行過程を考えてみたいと思います(図2)。2型糖尿病を始めとするいわゆる生活習慣病に関連するCKDでは、はじめに糸球体過剰ろ過の状態が続き、次第に尿中にアルブミンが排泄されてきますが、しばらくの間、腎機能(GFR)は保たれています6)(図2)。この時期は腎臓に機能的な異常はあっても、組織学的な変化はないか軽微であるため、可逆性があると考えられます6)。病態がさらに進行して顕性アルブミン尿や高度蛋白尿、すなわち尿試験紙法による定性検査で1+以上の尿蛋白陽性が認められるようになると、腎機能が明らかに低下していきます(図2)。“Point of no return”という言葉があるように、病態が一定以上進行すると組織学的な変化が進み、可逆性が失われて腎不全に至ります(図2)。当然、病態が進行してしまってから治療介入したのでは十分な効果は得られにくいため、蛋白尿が明らかになる前のアルブミン尿期、可逆性があると考えられる時期にこそ治療に注力すべきだと思います。
柏原 直樹 先生
横尾 病態の可逆性を考えると、アルブミン尿を早期に発見し、早期に治療介入を検討すべきということになりますね。アルブミン尿に対する治療介入の臨床効果についてエビデンスはあるのでしょうか。
柏原 たとえば、CKDにおける41の無作為化比較試験(RCT)を対象としたメタ解析では、6ヵ月後のUACR値がベースライン時より30%減少すると末期腎不全の発現リスクが平均で27%低下することが報告されています(ベイズ95%信頼区間[BCI]:5-45%;決定係数[R2]:0.47、BCI:0.02-0.96)7)。
横尾 ありがとうございます。可逆性があるうちに少しでもアルブミン尿を改善できれば、イベント抑制の観点からもベネフィットが期待できますね。
柏原 そうですね。特に腎不全は長い年月をかけて進行していくのに対し、心血管イベントはある日突然起きます。そのため、アルブミン尿をできるだけ早期のうちに発見し、確認されたらまずは患者を安全域に導くことを最優先に治療を開始して、そこから治療戦略を立てていくことが大切ではないかと考えています。
【図2】
柏原直樹先生ご提供、渡邊乃梨子, 他. 京府医大誌. 2017 ; 126 : 685-95. より改変
日本におけるアルブミン尿測定の位置づけは?
横尾 隆 先生
横尾 日本は健診などの機会を通じてCKDを早めに見つける素地があるにもかかわらず、アルブミン尿の測定が十分に普及していないのが現状です。この理由の1つはやはり、日本の保険診療において、アルブミン尿測定が糖尿病または糖尿病性早期腎症であって微量アルブミン尿を疑う患者に限られることにあると思います。われわれも、より幅広い患者に対して保険適用が認められるように働きかけていきたいと考えていますが、そのためには医療経済学的な観点でのエビデンスも必要になってきます。
現在、日本腎臓病協会とバイエル薬品との共同でアルブミン尿の費用対効果に関する研究が行われており、結果が待たれるところです。また、腎・心血管イベントのリスクを抑制するためには、アルブミン尿の早期発見と、早期治療介入が重要であることを、われわれはもっと啓発していかなければなりません。
柏原 おっしゃる通りです。先ほどご紹介した通り、CKDにおけるアルブミン尿の重要性を示すデータは数多く報告されており6)7)、海外ではアルブミン尿測定が標準化されてきています。一方、日本ではアルブミン尿の重要性は認識されていながら、保険が適用される糖尿病患者においても、十分に測定されていないのが現状です。これは、早期CKDに対する認知が臨床医、患者の双方で十分ではないためだと思います。アルブミン尿は臨床医と患者の双方にとってCKD診療を見える化できる重要なツールであることを認識し直す必要があります。