CKD重症化予防における生活・食事指導の役割
~FROM-J研究の成果から~
国立大学法人 筑波大学
医学医療系臨床医学域
腎臓内科学
教授
山縣 邦弘 先生
国立大学法人 筑波大学
医学医療系臨床医学域
腎臓内科学
准教授
斎藤 知栄 先生
2007年、約2,000人のCKD患者さんが参加する、「腎疾患重症化予防のための戦略研究※1 (FROM-J※2研究)」が行われました。この研究では、強介入群に対して継続的な生活・食事指導を含む診療支援を行い、CKD重症化予防におけるその有用性が検討されています。
今回は、FROM-J研究で行われた生活・食事指導の内容や成果を中心に、筑波大学 医学医療系臨床医学域 腎臓内科学教授 山縣邦弘先生と准教授 斎藤知栄先生にお話を伺いました。
生活・食事指導を含む診療支援
強介入群でその有用性が評価
FROM-J研究では、重症化予防を達成するための診療支援を行って、医師や患者さんの意識と行動の変化を図り、受診の継続、紹介・逆紹介による診療連携、腎機能の悪化抑制などを評価することによって、その有用性を検討しました(図1)。
FROM-J研究の研究体制は図2に示す通りです。一般社団法人 日本腎臓学会と公益社団法人 日本医師会の協力のもと、全国から15の幹事大学とその地域の49の地区医師会に参画いただき、さらに公益社団法人 日本栄養士会にも協力いただきました。一方、早期のCKDステージで腎機能の悪化抑制を検討するには、何万人もの患者さんを対象にしなければならないところですが、それはあまりに非現実的でした。そこで、対象はすべてのステージの保存期CKD患者さんとした上で、もっとも患者数が多いステージ3については、蛋白尿(+)以上、高血圧または糖尿病を有することと条件を設定して腎機能悪化速度が速いと予想される患者さんに絞り込み、最終的に2,136人をフォローしました。
図1 腎臓病戦略研究の課題・目標・主要評価項目
厚生労働省が研究課題と成果目標を達成するためのプランを公募。山縣先生のプランが採択され、FROM-J研究が行われた。主要評価項目以外にも6つの副次評価項目が設けられ、現在もフォローアップが行われている。
図2 FROM-J研究の研究体制
介入B群で行われた診療支援は、①受診促進支援、②生活・食事指導、③診療支援ITシステムです(図3)。参加者である患者さんへの支援は、診療を中断している場合に受診を促す①と、管理栄養士がかかりつけ医の医療機関に赴いて3ヵ月ごとに1回30分の生活・食事指導を行う②です。③はかかりつけ医への支援で、CKD診療ガイドに準拠して設定した診療目標の達成状況と、腎臓専門医への紹介基準に該当する患者さんを、検査結果をもとに通知しました。
図3 「介入A群」「介入B群」の介入方法
さらに2021年3月には、当大学の医学医療系保健医療政策学・医療経済学 教授 近藤正英先生などとともに、FROM-J 研究の生活・食事指導を含む診療支援について、費用対効果の分析を行いました。その結果、増分費用効果比※3は14万5,593円/QALYとなり、日本において評価基準とされる閾値500万円/QALYと比較すると極めて小さい値であったことから、この診療支援は費用対効果にも優れていることが明らかとなりました。
図4 結果のまとめ:FROM-J研究の主要なエビデンス
管理栄養士がセルフケアを促す体制づくり
継続的な指導のエビデンス取得を目指す
誰がどういうかたちで指導を行うかについては、プロトコルの作成段階で議論が続きました。そこに、日本栄養士会に相談してはどうかと厚生労働省から提案があり、直接、当時の日本栄養士会会長である中村丁次先生を訪ねて賛同が得られたことから、管理栄養士による指導体制が実現したという経緯があります。
日本栄養士会では、管理栄養士を派遣する「栄養ケア・ステーション」開設の構想があったので、研究に参加する地区医師会がある16都県で先駆けて立ち上げていただき、管理栄養士がかかりつけ医の医療機関へと派遣されることになりました。すぐに管理栄養士を集めるのは難しかったのですが、日本栄養士会の尽力で、病院勤務の方を含む315名もの管理栄養士の方々に参加してもらうことができました。
また、全国で均一な指導が行えるように、「チェックリスト」と「アルゴリズム」を作って指導内容をマニュアル化しました(図5)。指導は、最初に管理栄養士がチェックリストで各項目を点数評価してその日の指導項目を決め、アルゴリズムに沿って進めていきます。ただし、1回の指導は30分までで指導項目は2つまでとし、全部で12回に上る指導に患者さんが飽きてしまわないように、同じ項目の指導は連続2回までとしました。
生活・食事指導を行う目的は、どうすればCKDが進行しないかを患者さん自身が理解し、毎日の生活習慣を自ら見直してセルフケアへとつなげることです。そのため、一方向からの指導ではなく、患者さんと管理栄養士の双方向のコミュニケーションで進めることを重視し、患者さんが指導を受けたい項目があれば、その意思が優先され、次回までの目標も患者さん自身で考えるようにしました。管理栄養士の方々は事前にコーチングの指導も受け、患者さんの思いや考えを支持的に受け止めて、良好な関係を築いてくださいました。
図5 生活・食事指導に用いる「チェックリスト」と「アルゴリズム」
「チェックリスト」の各項目を点数で評価。点数が高いほどコントロールが悪いと評価され、その日の指導項目となる。たとえば、血圧管理が指導項目になれば、血圧管理指導用のアルゴリズムを使って指導を行う。
約7割が10回以上継続して受講
病識を高め行動を変える生活・食事指導
このような高い受講状況とFROM-J研究で得られたエビデンスとを見ると、継続的な生活・食事指導が患者さんの病識と治療への理解、生活習慣の改善へとつながって、受診促進支援、診療支援ITシステムといった介入とともに、受診継続や紹介率向上を後押しし、ステージ3のeGFR低下速度の抑制に貢献したのだと考えています。
たとえば、チェックリストを用いた生活習慣評価の信頼性を検証するために行ったパイロットスタディでも、管理栄養士が持つスキルの高さは明らかになっていました。管理栄養士は、生活・食事指導の最初の5分で、食事記録の聞き取りから食塩と蛋白質の摂取量を評価するのですが、その評価は24時間蓄尿などから得られた実際の摂取量とほぼ一致していたのです。2016年度の診療報酬改定では、「外来栄養食事指導料」がそれまでの130点から260点へと倍増して2回目以降の点数も新設され、さらに初回の指導時間が概ね30分以上と示されましたが、管理栄養士が継続的に行う栄養指導の有効性が評価された結果だと思います。
図6 生活・食事指導の受講状況
「患者さんへのアンケートでは、生活・食事指導が印象に残っているという意見が多くあった」と斎藤先生。
図7 2種類の生活・食事指導マニュアル
FROM-J研究の生活・食事指導で使用したチェックリストやアルゴリズムを含むマニュアルは、最新のガイドラインをもとに更新し、2種類に再編されて日本腎臓学会のホームページに掲載。東京医学社より出版もされている。
(表紙は日本腎臓学会のホームページより)
- ※1
- 厚生労働省の戦略研究。国民の健康を維持・増進させるために、行政的に優先順位の高い生活習慣病等の健康障害を標的として、その予防・治療介入および診療の質改善のための介入などの有効性を検証し、科学的な臨床エビデンスを創出することを目的とした大規模なアウトカム研究。あらかじめ、研究目標と研究計画の骨子が定められている。
- ※2
- 「Frontier of Renal Outcome Modifications in Japan」
- ※3
- 増分費用効果比とは、追加で必要となる費用(増分費用)と追加で得られる効果(増分効果)の比。1人の健康寿命を1年延ばすために追加でいくら必要かを示す指標。QALY(quality-adjusted life-year 質調整生存年)は、生存年数を生活の質(QOL)の値で重み付けしたもので、QOLは完全な健康状態は「1」、死亡状態は「0」、病気や障害がある状態は「0と1の間の値」で表現する。完全な健康状態で生存する1年間の寿命の価値が1QALY。
取材日:2021年5月20日
記事作成日:2021年10月