― CKDの医療チームをつくりあげてきた背景や変遷についてお聞かせください。
― 海津先生は日本CKDチーム医療研究会の代表世話人も務められています。研究会はどのような狙いで設立されたのでしょうか。
海津先生 横浜でチーム医療を構築して2年が経過した頃、その成果をまとめて報告することになった時、「これは我々だけの活動にとどめるのではなく、日本全国に広めて透析患者を減らすことにつなげるべきだ」と思い立ち、それには阿部先生とともに全国的な組織・研究会を創設することが必要だと考え、『日本CKD チーム医療研究会』を立ち上げました。現在は、定期的に研究会を開催しています。
阿部先生 医師の発表が中心となっている従来の学会や研究会とは異なり、看護師や管理栄養士などチーム医療に携わっているスタッフたちの発表の場をつくるという意味もあります。研究会が設立された約15年前は、職域を超えた研究会はまったく存在していなかったので、これは大きな変化です。最近では、リハビリ系の職種の方々も参加するようになりました。
― 先生方が取り組まれてきたCKD医療チームの特徴や取り組みについてお聞かせください。
海津先生 横浜で始めたチーム医療の目的は、外来においてCKDの患者さんを治療し、進行を遅らせること、合併症を防ぐことでした。そのため、すべての職種を完璧に揃える必要はないと考えました。職種の垣根を超えて情報共有を図って補完しあえば、極端な話ですが医師と看護師でもチームになり得るわけです。一方、開業した新北九州腎臓クリニックでは、理想的なチーム医療を構築するための「設備」と「機能」を整えました。多職種が患者さんに指導を行うチーム医療指導室は診察室に隣接しています。患者さんの状態によっては、管理栄養士や薬剤師による説明があまり必要のないこともあります。そのため、指導は患者さんごとに「アラカルト方式」を取っています。
阿部先生 医師と看護師、管理栄養士、薬剤師の4職種がCKDチーム医療の理想形ですが、当院で必ずチームとして活動するのは医師の他に看護師と管理栄養士です。大学病院では薬剤師は病棟業務が中心になりますので、外来のCKDチームとして動いてもらうのは難しい点もあります。そのため、院外の保険薬局の薬剤師との連携を模索しているところです。診療所も薬剤師を雇用していないケースがほとんどなので、今後のCKDチーム医療には院外薬局を巻き込むことが不可欠になると思います。
― チーム構成の話に関しては、都市部と地方都市ではリソースの影響もあり、診療体制やチーム医療にも違いがあるかと思います。CKD の治療体制について地域特性などはありますでしょうか。
海津先生 地域特性ではなくて、チーム医療の中心となって役割を果たすべき医師の理解度、意欲、そして実行力の格差だと思いますが、阿部先生いかがでしょうか。
阿部先生 リーダーシップの格差は確かにありますが、都市部はやはり恵まれています。腎臓の専門医が多く、腎臓病療養指導士の取得者数も都市部のほうが多く、地方になるほど少ないのが現状です。
海津先生 専門医は主に大学病院に勤務しており、大学病院を中心とした大病院は、急性期病院ないし、高度先進医療など、すなわち入院患者を中心とした医療提供体制が期待されています。逆に外来におけるCKDチーム医療には、患者さんに指導を行うスペースを含めたハード・ソフトともに慢性期を診る体制を整えにくい環境にあるのではないでしょうか。
阿部先生 ご指摘のとおり急性期病院は特に日当点(1日当たりの単価)が経営指標になっていますので、CKDチームを組織化する難しさを感じている病院は多いと推測されます。当院(日本大学医学部附属板橋病院)では2012年度に糖尿病透析予防指導管理料(糖防管)が新設されたことを機に、外来におけるCKDチーム医療を軌道に乗せることができました。現在では、看護師と管理栄養士が毎日外来に来て、糖防管の基準をクリアする活動に取り組んでいます。ただし、糖防管はその名のとおり、糖尿病の患者さんにしか算定できません。糖尿病のないCKD患者さんにも算定が拡大されるように、日本腎臓病協会などに働きかけているところです。
― 新北九州腎臓クリニックホームページの「腎機能改善外来」に関する説明では、透析まで行かせない、脱落させないという記述がありました。実際にどのような仕組みで腎機能改善を実現しているのでしょうか。
海津先生 患者さんに継続して受診していただくことがなによりも大事ということです。患者さんが治療に満足しなければドロップアウトしてしまいます。「腎機能改善外来」と名前を付けた際には、「まやかしだ」と陰口を叩かれることも少なくありませんでした。しかし、20歳代の腎機能に戻して正常化させるわけではなく、少しでも良くなればそれは「改善」なのです。患者さんが紹介状を持ってくる際に「腎不全外来」と「腎機能改善外来」では、まったく気分が異なるはずです。患者さんに夢と希望を持っていただけるような外来の名前にすべきだと考えました。
チーム医療の定義について、厚生労働省のホームページで探したことがあります。もちろん、国はチーム医療を推進していますが、厚生労働省が考えるチーム医療は、医師の負担を軽減することが主目的であるという印象を受けました。我々が考えるチーム医療は、医師が戦略を練り、他の職種が患者さんに戦術を教えることを目指しています。患者さんは自分の病気を治す実行者です。治療を実践するのは患者さん自身であるというのが私が考えるチーム医療の姿です。
外来には患者さん指導用のモニターが設置されており、最初に腎臓オリエンテーションを行います。腎臓病の解剖学から症状、治療に至るまで約1時間かけて画像を観ていただきながら説明しています。各職種の指導室では、電子カルテを用いて指導を実施しており、管理栄養士はフードモデルを用いながら指導しています。コロナ禍ではお休みしていますが、調理教室も開催しています。
― 先ほど、糖防管の話もありましたが阿部先生は患者さんを脱落させないために、どのような取り組みをされているのでしょうか。
― 「透析になったら大変ですよ!」と、いわゆる痛みを避けるような指導をされるケースもあるかと思いますが、どのような指導を心掛けているのでしょうか。
阿部先生 透析を脅しに使ってしまうと患者さんは、透析=死だと捉えてしまうため、紹介された時に指導に苦労することが少なくありません。我々が目指していくべきなのは、CKDの患者さんの健康寿命の延伸であり、QOLを落とさずに元気に生活していただくことです。透析になってもまた新しい寿命が始まるということを患者さんに伝えています。日本の透析医療は世界一のレベルですから、透析になっても元気に暮らすことができますとお伝えしながら治療しています。
― 他の医療機関(クリニック)が「腎機能改善外来」のような機能を持つには、どのような組織・体制づくりが必要になるでしょうか。
海津先生 「腎機能改善外来」には、ハードとソフトの両方が必要です。ソフトはチーム医療です。医師がチーム医療に対する認識を持ち、リーダーとして戦略を構築する。このようなことを理解している医師の存在が不可欠です。また、他の職種は多ければいいというわけではありません。戦略を理解している職種がひとり以上いればいいのです。最悪の場合、2人でもチーム医療は成立するというのが私の考えです。先ほど阿部先生が話していたように、管理栄養士が薬のことも看護のことも学んでいればカバーすることができます。
一方のハードは、やはり指導する場所が必要です。当クリニックでは診察室の隣に看護師、薬剤師、管理栄養士がそれぞれ指導する部屋が並んでいます。その裏側には症例検討するスペースも確保しています。先ほど述べたようにオリエンテーションをするスペースも必要です。
このようなハードとソフトを整えないと、専門外来はうまく機能しないのではないかと思います。
― 他施設との連携体制や地域への啓発活動についてお聞かせください。
海津先生 地域のクリニックから大病院に至るまで連携は積極的に行っています。管理栄養士が所属していないクリニックから紹介を受けて栄養指導をしてお返ししたり、腎臓内科がない基幹病院からは手術適応に関する腎臓の評価など、整形外科、消化器外科などから逆紹介を受けています。近隣の医療機関には、腎臓病教室へのご参加を案内しています。
阿部先生 当院では地域のかかりつけ医の先生方との連携が中心です。患者さんの腎機能の状態に応じて半年に1回、3か月に1回などと通院間隔を決め、腎臓病療養指導士を含めた指導を行っています。また、当院では毎日、「療法選択外来」を実施しています。透析の導入にあたっては、シェアード・ディシジョン・メイキング(Shared Decision Making:SDM)の概念を取り入れて血液透析、腹膜透析、腎移植など、医療者と患者さんが互いに情報を共有して、1時間くらいかけて治療を決めていきます。患者さんの背景に詳しい(腎臓病療養指導士の資格を持った)看護師は特に選択外来の担い手として適しているようです。
― 海津先生は腎臓病療養指導士についてどのように評価されていますか。
海津先生 当クリニックにおいても複数のスタッフが腎臓病療養指導士の資格を有しています。医療者は「学」と「術」を兼ね備えていることが求められます。資格は「学」ですが、「術」は臨床・実践の中で培われるものです。「学」だけ取っても「術」は付いてきません。日本CKDチーム医療研究会も、「学」ではなく「術」を教える場所がなかったので立ち上げたのです。我々が行っている医療を新しく来たスタッフに実際に見せながら、なぜこのように指導したのか?ということをその場でフィードバックすることにより「術」の力を付けることができます。教育をしながら、我々も学びます。この繰り返しにより、資格を活かせる人材を育成することができると信じています。
― 腎臓病療養指導士制度はこれからどんな展開になるのでしょうか?今後の課題などがありましたら教えてください。
阿部先生 資格取得者は都市部に集中しており、特に地域格差が大きいのが現状です。地域差を解消するために、全国に同制度を普及させたいと考えています。腎臓専門医が少ない地域で専門医を増やすことは、とても難しいと思います。であれば看護師や管理栄養士に腎臓病療養指導士の資格を取得してもらい、かかりつけ医と連携することにより地域のCKD診療の底上げができると期待しています。
海津先生 腎臓病療養指導士の育成も大切なことですが、腎臓病の治療は“盆栽づくり”のようなものだと感じています。細部に至るまで少しずつ丁寧にケアしないと盆栽は枯れてしまいます。普段から患者さんの小さな変化を見逃さずにフォローしていく存在が必要です。実際に腎臓は夏の脱水やハードワークなどにより急に悪くなるケースが少なくありません。このことは、腎臓の専門医として忘れてはならないことだと思います。
― CKDチーム医療はどのような形に進化していくと思われますか。
海津先生 各地域に医療従事者が「学」と「術」を学べてハードとソフトを共同利用できる、「CKDセンター」のような施設を設置する必要があると考えています。現状では採算に合わないCKD診療を改善するためにも、こうしたセンター機能を利用することにインセンティブが付くような診療報酬体系が求められます。
阿部先生 かかりつけ医の先生方との連携はもちろん重要ですが、保険薬局の薬剤師との連携も重要だと思います。今の連携体制に薬局薬剤師が加われば、CKD診療の質が高まると期待しています。
― 最後に今後の目標・課題についてお聞かせください。
海津先生 チーム医療により治療した患者さんたちのアウトカム評価を客観的にまとめて、改めて意味のあるものだと確認できたら全国に広げる活動を進めていきたいと思います。日本CKDチーム医療研究会に「日本」と付けたのは、国際的に発信していくためであり、欧米やアジア諸国にひとつの診療のあり方を提示していきたいとも考えています。
阿部先生 患者さんのアウトカムがどう変わったのか、チーム医療を行ったことで腎機能がどれだけ改善し、透析を延長することができたのかを立証する必要性があると感じています。チーム医療の実践経験が最も豊富な海津先生のデータには私も期待しています。腎臓病療養指導士が誕生したことによって日本のCKD診療のレベルがどれほど上がったのか、こちらも検証する必要があります。また、最近では、「Patient Recorded Outcome」や「Patient Centered Outcome」など、患者さんが治療を受けてどう感じたのかが重要視されていますので、検査値だけでなく患者さんの満足度も注視していかなければなりません。当院が取り組んでいるSDMが透析療法の満足につながっているのかなども評価していきたいと思っています。