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北九州市CKD予防連携システムと、
PDファーストの取り組み

取材日:2021年11月11日

金井 英俊 先生

小倉記念病院 副院長
腎臓内科 主任部長

金井 英俊 先生

人をつなぐ医療をつむぐ

 2022年度診療報酬改定では、「かかりつけ医機能の強化」が大きなテーマになりました。具体的には、かかりつけ医が役割を果たすことを目的として、地域包括診療料・地域包括診療加算の対象疾患として慢性腎臓病(CKD)が新たに評価されることになりました。
 CKDは早期発見・早期治療が重症化予防に重要であることは言うまでもありませんが、たとえ透析が必要になったとしても、透析前と比べてできるだけ変わらない生活を送ることができるように支援することが医療関係者に求められています。
 今回は、北九州市CKD 予防連携システムを構築するとともに、PD( 腹膜透析) を積極的に導入している小倉記念病院 腎臓内科 主任部長 金井英俊先生にお話をうかがいました。

重症化予防で減少した透析医療費

― 北九州市CKD予防連携システムが生まれた背景と当時(10年前)の危機意識についてお聞かせください。
金井先生 私が小倉記念病院に赴任した2005年当時は、泌尿器科の先生が中心となり透析医療を担っていました。ちょうど「慢性腎臓病(CKD)」という言葉が広がり始めた頃で、腎臓内科医として透析を回避する医療を北九州で広めたいという思いがありました。
 その後、北九州市の健康推進課の職員から、透析患者を減らし最終的には医療費を削減したいと相談され、2009年から市医師会、泌尿器科医、腎臓専門医を中心とした意見交換を始めました。翌2010年度から北九州市CKD 予防連携システムが開始され、早期のCKD を特定健診で見つけて栄養指導をしたり、かかりつけ医への受診勧奨を始めました。2013年度からは糖尿病から糖尿病性腎症への移行予防を目指したシステムを追加して運用しています。また、かかりつけ医での検査・治療後に、必要に応じて腎臓専門医に紹介を行っています。同システムの過去6年間の実績を見ると、透析医療費は減少傾向が見られます。ただ、この3年間では医療費の低下傾向が鈍化していると、先日参加した会議で報告を受けました。その要因のひとつとして専門医への紹介が滞っているとの指摘を受けており、この課題については行政と相談しながら改善を図っていきたいと思います。

図1 北九州市CKD予防連携システム

図1 北九州市CKD予防連携システム

金井英俊先生ご提供資料
北九州市ホームページをもとに作図(https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000767297.pdf

― 2022年度診療報酬改定では、かかりつけ医のマネジメントを期待する疾患のひとつに慢性腎臓病が挙げられていますが、かかりつけ医と専門医との連携ネットワークはどのように構築されたのでしょうか。かかりつけ医への啓発活動も含めて教えてください。
金井先生 いわゆる尿毒症や呼吸困難、重度の貧血で体を動かすのも困難な末期の腎不全で、透析が目前という状況から専門医に紹介されてもできることは限られてしまいます。腎代替療法の開始も重要ですが、基本的な目的は透析を減らして健康寿命を延ばすことです。そのためにかかりつけ医の先生方と、慢性腎臓病と診断がついたり、放置してしまったことで症状が進行した重症化リスクが高い患者さんに対して、早期に介入することを目指しました。
 連携で重要なことは、Win-Win の関係であることです。かかりつけ医から患者さんを紹介される基幹病院側だけが経営的に潤う一方的な流れは、決して連携とは言えません。専門医が診察してかかりつけ医の先生にお戻しするなど、CKD の重症度に応じて“ キャッチボール”の間隔を調整していくことが望まれます。例えば、軽症であれば専門医に戻すのは年に1回、重症もしくは進行例であれば1〜2か月に1回というように役割分担していく流れを北九州市CKD予防連携システムでは構築しました。もちろん、定期的な紹介・逆紹介に加えて、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞などの合併症を起こした患者さんについては、24時間365日基幹病院が受けるという安心感を提供することも大切です。
― CKDの連携は重症度に基づいて実施されているということでしたが、院内の他の診療科の先生との連携はどのようにされているのでしょうか。
金井先生 私は「窓口」であり「仕切り役」のような存在です。もちろん腎臓疾患は私が診ますが、腎機能が悪いのは結果であって、そこに至る前段階の腎結石や心不全を持っている患者さんは院内で連携していきます。先週、かかりつけ医から「糖尿病で長く診ている患者さんの腎機能が心配になってきた」と紹介されて検査したところ肝臓に腫瘍が見つかり、すぐに消化器専門医に紹介して外科的な処置が決まりました。一人で一人の患者さんを長期間診ていると専門以外のところに目がいかなくなることもありますので、他の診療科や多職種の目も借りながら進めていくことが必要だと改めて思いました。
― 北九州市CKD 予防連携システムを構築するうえで苦労されたことはありますか。HbA1c6.0% 以上といった該当基準の決定には試行錯誤があったのではないでしょうか。
金井先生 当時は、基準が軽すぎるせいで患者さんが医療機関に殺到して医療現場が混乱する!と訴える声が数多く聞かれました。しかしその心配は杞憂に終わり、腎臓専門医に紹介された患者さんは対象患者の1〜2割程度でしたので混乱は起こりませんでした。また、北九州市が腎臓専門医が所属している20病院前後のリストを市内に配布してくれたので紹介もスムーズに行われました。
 既存の検査範囲内で基準を設定[eGFR60未満または検尿異常(尿蛋白+ または尿潜血2+ 以上)または、HbA1c6.0% 以上]したので、追加の予算が必要になることもありませんでした。受診勧奨後の受診は保険診療の範囲で行われます。
金井 英俊 先生
― 先ほどは過去6年間の成果について触れていただきましたが、システムがスタートした当初の状況も含めてお聞かせください。
金井先生 最初の3年間は透析件数に減少傾向は見られませんでした。ただ、透析導入年齢が高齢化しており、透析の開始時期を後ろ倒しにできた患者さんも存在したと認識しています。それから、糖尿病の合併症として神経障害、網膜症、腎症などがありますが、網膜症の眼科受診率が高まりました。先ほど、過去6年間の人工透析に関連する医療費が減少したと話しましたが、日本全体では微増の状況でした。その中で福岡県全体では1割減、北九州市では2割減となりました。患者さんの高齢化に伴い、合併症も増えてきましたので、かかりつけ医と専門医の連携促進に加えて合併症対策にも力を入れていく必要があります。

SDMに時間をかけて治療法を選択

― 小倉記念病院腎臓内科では「ライフサイクルに応じた、全身血管病の視点からの腎臓病治療」を掲げられていますが、腎センターの強みと特長などについて教えてください。
金井先生 当院は高度急性期医療を担う病院です。心血管病を含めた救急患者は断らない、地域の“ 最後の砦”という自負があります。狭心症や脳卒中の患者さんを治療しても合併症を抱えている患者さんが多く、腎機能が悪い患者さんが少なくありません。そのため、当院の外来部門は、重度な心血管病を合併する慢性腎不全の患者さんを数多く抱えています。私が赴任した頃は年間50人程度の透析導入を泌尿器科の先生が実施していました。そこに腎臓内科が参画して保存期から対応し、重症化予防に力を入れることにしました。
 血管合併症の評価・治療を積極的に行い、泌尿器科や代謝・内分泌科も含めて複合的な治療をするようになりました。現在では年間150〜180人の患者さんの透析導入を行っており、1000人以上のCKD患者さんをフォローアップさせていただいています。
 腎代替療法に関するカンファレンスは、看護師、管理栄養士、薬剤師、リハビリ専門職、MSW、臨床心理士など多職種によって行われています。当院には腎臓病療養指導士の資格を持つスタッフが3名いるのですが、看護師、管理栄養士、薬剤師とすべて職種が異なっており、お互いに刺激し合いながらチームに良いモチベーションをもたらしてくれています。
― チーム医療に関してはどのような取り組みをされているのでしょうか。
金井先生 進行予防を目的とした「腎臓教室」を定期的に開催しています。コロナ禍で約2年間開催できませんでしたが、2021年10月に再開しました。患者さんとご家族10組程度に来院いただき、血液検査の結果を待っている1〜2時間の間に各職種からのレクチャーを受けていただきます。透析とは何か?腎不全に良い薬、悪い薬、食事療法、腎不全食などの話に加えて、保険制度の話もしています。
 この進行予防のステージを超えてCKDの重症度分類でG4かG5になり、生涯のうちに透析が必要になる患者さんは療法選択というステージに入ります。透析をするかしないのか、腎代替療法をするなら移植をするのか、血液透析(HD)をするのか、腹膜透析(PD)をするのかなどの方針は、私たちが押し付けるのではなく、合併症、腎機能、家庭環境などを踏まえながら患者さん・ご家族側との共同作業で決めていきます。例えば心臓が悪くて血液透析が難しい場合、腹膜透析が良いことはわかっていても独居の高齢者で自宅で透析が難しいというケースがあります。また、若い患者さんであっても、動物を何匹も放し飼いにしている状態では、PDはリスクがあります。こうした状況について、医師に話さない患者さんは少なくありません。このような個別の情報は、看護師や管理栄養士が入手して腎センターと共有していきます。
 まさにShared decision making(SDM)を患者さんとともに実践していますが、SDM は1回で終わるものではありません。途中で家族が離散する場合もありますし、PD を続けられない状況になることもあります。そのため、SDM は必要と感じた時に随時行うことにしています。在宅における状況の把握については、在宅医療を担う先生や訪問看護師との連携に助けられています。また、介護施設においてもPD の患者さんを受け入れていただけるように、見学や勉強会も実施しています。

図2 CKD患者の心腎代謝連関を意識した院内連携

図2 CKD患者の心腎代謝連関を意識した院内連携

金井英俊先生ご提供資料

― 院外でPD を担っていただいている割合はどれくらいですか。
金井先生 現在、250名超のPD 患者のうち10〜15%については、連携先のかかりつけ医の先生等に担っていただいています。診ていただける先生には積極的に依頼していますが、1施設当たり2〜3人が適正だと思います。何か問題が発生した際には、ただちに当院に連絡していただき、必要があれば入院ということになります。
 逆に、こちらから逆紹介する際には当院の入退院支援センターが、患者さんと連携先を支援しています。PDをしたいけれど家に戻ることができない場合や、自宅に戻る前に転院が必要なケースなどにも、同センターが対応しています。PD の経験が少ないけれど、引き続きかかりつけの患者さんを診たいという先生方には、PDのプロバイダーとも連携して不安なく開始していただけるようにしています。

PDファーストで透析患者の約4割がPD

― 「PD ファースト」ポリシーを2008年から掲げている背景と理由についてお聞かせください。また、「PDファースト」に該当する患者像について教えてください。
金井先生 HD とPD との大きな違いは、PD は持続的な透析だということです。HDは週に3回程度透析施設に通って1回4〜6時間かけて血液を浄化する治療です。それに対してPDは、1日に数回に分けて患者さん自身が透析液を交換するCAPD(連続携行式腹膜透析)と、就寝中などに器械を使用して行うAPD(自動腹膜透析)があります。
 PD は腎臓だけでなく心臓にもやさしい透析であるため、残腎機能がある間はPD ファーストを推奨しています。一部の患者さんは、HD とPD の併用療法を行っています。全国の透析患者のうちPDの割合は3%弱ですが、当院では約40%がPDを選択しています。HD 中心のクリニックから紹介された末期腎不全の患者さんとSDM をして、PD に切り替えたケースもありました。
― 人工透析を導入したことで、仕事を失ってしまう患者さんも少なくないようです。PD の場合は仕事を継続できる可能性が高くなるのではないでしょうか。
金井先生 ケースバイケースですが、CAPD の“A” は“Ambulatory”、携帯型、携行型という意味であり、“C”は“Continuous”、持続という意味ですから1日3、4回の透析液の交換ができれば問題なく仕事を継続できると思います。PD をしながらトラックやタクシーの運転手を続けている患者さんもいますし、自分の時間を確保しやすい自営業の方にはPD が向いていると思います。
 また、PDはHDよりも食事制限が緩いことも患者さんのQOL 向上につながっています。美味しいものを何でも食べていいいけれど塩分だけは気をつけるように指導しています。HDの場合は月・水・金の週3回の透析を行うと、月曜日の朝のカリウム値が高く、浮腫みもひどくなり、肺の影も見られます。一方、PDは非常に安定しているため、過度な食事指導は必要ないのです。
― PD の患者さんを対象とした独自の患者指導もあるとうかがいました。
金井先生 SDM が終わり、PD を選択した患者さんには「PD ピクニック」という患者会への参加を促しています。土曜日の午前中に当院の講堂にお越しいただき、医師、看護師、管理栄養士、薬剤師などがレクチャーを行います。さらに、災害や感染症などを題材にした寸劇(台本はチームメンバーが作成)を鑑賞していただき、最後に腎臓食弁当をご家族と一緒に召し上がっていただきます。
 HDは集団療法と言われ、透析室に20〜40人程度集めて行いますので、患者さん同士が顔見知りになり、交流が生まれることがあるのですが、PD は自宅で行うため横のつながりができにくいのです。そこで、PD患者さんの横のつながりをつくるために「PDピクニック」を始めました。クイズ大会をして参加者に答えてもらったり、PDを止めてHDに変更した患者さんや移植した患者さんから「体験報告」をしてもらうこともあります。

図3 小倉記念病院における新規透析導入患者数とPD患者数の推移

全国の透析患者数は34万人超、PD患者は9,455人で3%弱。
当院では透析患者の約40%がPD患者。

図3 小倉記念病院における新規透析導入患者数とPD患者数の推移

小倉記念病院 院内データ(2018年3月31日時点)
一般社団法人日本透析医学会 「わが国の慢性透析療法の現況(2018年12月31日現在)」

患者さんにとって
ベストな治療法を提供したい

― 福岡県透析医会会長として、今後、診療報酬上での評価を期待する項目や、コロナ禍における透析医療についてお聞かせください。
金井先生 透析医会としては、福岡県内の透析医療の充実と安全性の向上、さらには患者さんの生命予後、生活環境の改善を目指しています。過去2年間はCOVID-19に翻弄された感がありますが、やはり良い透析医療をしている医療機関にインセンティブがつくような仕組みを望んでいます。また、当院ではPD 患者さんの遠隔モニタリングを臨床工学技士などを中心に行っていますが、この部分も評価していただけると遠隔モニタリングがより一層推進されると思います。
 コロナ禍ではPDの有用性がより注目されました。移動の必要がなく、密にならないPD は感染予防として適しているからです。感染症に限らず、実は災害にも強いのがPD なのです。電気やガス、水が止まっても透析液のストックがあれば問題ありません。
― 今後の目標や取り組みたいことについてお聞かせください。
金井先生 患者さんにとってベストな治療法を提供し続けることです。PD もHD も100% 完璧といえる治療法ではありません。移植医療を含めて未来永劫改良され続けるべき治療法だと思います。腎機能が廃絶することなく自分の腎臓で生活することがベストですが、やむを得ず透析を選択する場合は、PD、HD どちらを選択しても、すべての患者さんが透析前のライフスタイルと隔たりがない生活を送れるように支援をしたいと思います。仕事がある人は同じような勤務時間で仕事が続けられて収入を確保できる。そしてプライベートではこれまでと同じように子どもの面倒を見ることができる。これまでと変わらずに余暇を楽しめるような透析を提供するためには、我々は何をすべきなのか、常に自問しています。

記事作成日:2022年5月

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