― 糖尿病性腎症重症化予防の取り組みが全国で広がりを見せています。その効果が現れているかという観点を含め、透析患者の現状をお聞かせください。
升谷先生 日本透析医学会の統計調査によると、わが国の慢性透析患者数は年々増加し、2021年末には約35万人に達しましたが、この数年増加ペースは減速傾向にあります1)。透析導入の原疾患の割合は、1998年に慢性糸球体腎炎を抜いて以来、糖尿病性腎症が現在も第1位ですが、糖尿病診療に関わる先生方の努力もあって近年は減少に転じています。トップだった慢性糸球体腎炎が減少する一方で腎硬化症は持続的に増加し、2019年には慢性糸球体腎炎を抜いて第2位となっています1)。
― 糖尿病性腎症はアルブミン尿が出現した後に推算糸球体濾過量(eGFR)が低下する経過が典型的ですが、最近はアルブミン尿を呈さずに腎機能低下を示す病態が増加していると聞きます。
川浪先生 透析導入患者の高齢化、腎硬化症の増加という背景から、病態基盤として動脈硬化を有する症例が増えていることが原因と推測されます。
― かかりつけ医が腎臓専門医に患者を紹介する基準を教えてください。
升谷先生 慢性腎臓病(CKD)では、慢性糸球体腎炎や多発性囊胞腎など、生活習慣病に起因しないケースもあります。IgA腎症は蛋白尿や血尿を契機に見つかることが多いですが、診断には腎生検が必要です。わが国のCKD診療ガイドライン2)で推奨されているように、検尿異常が見つかればCKDステージG3aまでの段階で紹介し、機会を逃さず組織診断につなげる必要があります。指定難病の1つである多発性囊胞腎については、腹部超音波検査で腎臓に多数の囊胞が見つかったものの、尿検査や腎機能に異常がないため様子を見ているうちに腎機能が低下し、その段階で初めて紹介されるケースが後を絶ちません。これらの腎疾患は治療できますので、迷うことなく紹介し、早い段階で診断につなげることが重要です。機能低下が進んだ腎臓は萎縮し、生検が難しくなる場合があることも忘れてはいけません。前述のような指定難病の確定診断がついた場合には、医療費助成制度の適用が可能になります。そのため患者にとっても、専門医が早期に診断を行うことは大変重要なのです。
― 南昌江内科クリニックは西日本有数の糖尿病専門施設として知られています。貴院から腎臓専門医がいる病院へCKD患者を紹介する際の実際について教えてください。
南先生 尿中アルブミン値が急激に上昇している場合や尿潜血が出るなど、明らかに糖尿病性腎症ではないと考えられる患者は早急に紹介しています。糖尿病性腎症の患者において、2期から4期の初期までは当院のチームで対応しますが、4期で腎機能が低下してきた場合〔血清クレアチニン(Cr)値2〜3、eGFR30以下に悪化した場合〕は紹介しています。
― どのような特色のクリニックなのでしょうか。患者が自然と集まってくる、その秘訣も教えてください。
南先生 通院しやすい環境をつくり、治療の中断により合併症が進行する糖尿病患者を減らしたいという思いで1998年に開業しました。現在、糖尿病専門医、看護師、管理栄養士、健康運動指導士、医療情報技師、事務スタッフの17人プラス非常勤医3人でチーム医療を行っています。看護師や管理栄養士は全員、糖尿病療養指導士の資格を有しています。定期通院中の患者は1型糖尿病が約600人、2型糖尿病は約1,300人で、1カ月当たりの受診者数は1,200~1300人上ります。糖尿病は長く付き合っていかなければならない疾患です。合併症を進行させないことも大事ですが、患者には充実した生活を送ってほしいと思い、患者会にも注力しています。
前田先生 開院以来、南先生は多くの糖尿病患者の臨床データを集積し糖尿病データマネジメント研究会に提供されてきました。当院で独自にこれらを整理し解析することも重要と考え、2017年に糖尿病臨床研究センター(現・南糖尿病臨床研究センター)を立ち上げました。患者に良い医療として還元することを目標に、現場で得られたデータを整理して視覚化し、医療者や患者への情報発信を続けています。
― 昨今、腎症重症化予防には専門医とかかりつけ医の併診が求められていると思いますが、かかりつけ医が診療情報提供書を記載する上でのポイントはありますか。
川浪 大治 先生
川浪先生 ご紹介をいただいた際に、血糖マネジメント状況以外の情報が不明な診療情報提供書を受け取った場合、少し判断に迷うことがあります
3)。ご紹介いただいた目的(教育入院を希望しているのか、注射製剤の導入なのか、合併症や併存症の精査なのかなど)と、当科受診後の対応に関する希望(インスリン注射を導入した患者を紹介元で管理が可能か否かなど)を簡単でよいので記載していただければ、方針が明確になり、ありがたいです。
― 透析予防指導の取り組みをご紹介ください。
南 昌江 先生
南先生 当院では2019年6月から透析予防指導を実践しています。腎症2期は1年、3期は6カ月、4期は4カ月ごとに介入しています。尿中アルブミン検査は半年に1回行っていますが、そのスケジュールは看護師が「検査チェックシート」で管理しています。透析予防指導でも検査のスケジュールを確認し、次回の検査を指示します(図1)。指導は看護師や管理栄養士、医師が行い、高度腎機能障害の場合は健康運動指導士による運動指導も実施します。指導後は各職種が指導内容を指導管理計画書に入力、医師がまとめ、透析予防指導管理加算を算定し会計に回します。事務は漏れなく指導内容が記載されているか、透析予防指導管理加算が算定されているかを確認します。
前田先生 2020~21年に当院を受診した腎症2期以上の患者309人の約7割に当たる212人に対し、延べ259回の指導を実施しました。透析予防指導後のeGFR低下速度の抑制に関しても、成果が見いだされています。
― 指導を円滑に進める上で重要なことは何でしょうか。
前田先生 患者に納得して受けてもらうのがポイントで、半年に1回は必ず尿中アルブミンを測定し※、現状を知ってもらうことから始めます。腎症2期以上の患者向けの分かりやすい資料と、指導を担う管理栄養士や看護師の教育も重要です。
※診療報酬は、糖尿病または糖尿病性早期腎症患者であって微量アルブミン尿を疑うもの(糖尿病性腎症第1期または第2期のものに限る)に対して行った場合に、3カ月に1回に限り算定できる
南先生 当院では日本糖尿病協会の療養指導カードシステム4)を利用しています。個々の患者の状況に応じて指導項目を組み合わせられるので、重宝しています。
― 福岡大学病院の透析予防指導の取り組みについてもご紹介ください。
川浪先生 当院には多職種による重症化予防チームがありますが、病院として専門職だけではなく事務職のスタッフも一員とするチーム医療を推進していたこともあり、医事課のスタッフも加わった構成となっています。医事課の役割は、受診者の血糖値や腎機能検査値を3カ月ごとにリストアップすることです。そのデータを基に看護師が透析予防指導の対象となる症例や、腎臓内科へのコンサルトが必要な症例を抽出し、患者カード(図2)を用いて医師へのリマインドを徹底しています。指導実施患者数は、取り組み開始前の37人(2017年度)から100人(2019年度)に増加。そのうち腎症2期の割合は3割から6割に増加し、早期介入できた症例が増えました(図3)。
升谷 耕介 先生
升谷先生 私はコンサルトを依頼される立場ですが、このような取り組みのおかげか、患者の紹介タイミングがいつも適切だと感じています。
川浪先生 ところで、日本糖尿病学会がメディカルスタッフに行った調査では、透析予防指導をチーム医療で行っていると回答した割合は54.3%でした5)。透析予防指導管理料の算定には施設基準を満たす必要がありますが、人員や職種が確保できないなど、算定に必要な条件が満たせないという実情があるようです。
― 腎臓は“沈黙の臓器”と呼ばれ、腎機能低下の初期は自覚症状に乏しいといわれます。糖尿病患者のCKDを早期に発見するためのポイントを教えてください。
南先生 検尿で多くの情報が得られますので、ぜひ実施してほしいです。前述の通り、当院では早朝尿にて尿中アルブミン検査を定期的に行っていますが、早朝尿をなかなか持参されない患者がいます。そういった方については、来院時の随時尿で尿中アルブミンを測定するようにしています。
前田 泰孝 先生
前田先生 検尿に加えeGFRの測定も非常に大事です。当院ではeGFRなどの検査値をグラフ化した資料を患者指導に用いています(図4)。eGFRは低下速度が重要で、グラフを見れば低下が加速したポイントがすぐに分かるため、異変に気付いて早期に腎臓専門医に紹介することができます。患者にも視覚的に説明しやすく、一定の基準を超えた場合は集学的な治療が必要になるということをお話ししています。
川浪先生 尿中アルブミンとeGFRは、どちらもCKDを早期診断する上で重要な指標です。当科では両方の測定値に基づきCKD患者のスクリーニングを行っています。
― どのような患者に早急な介入を行うべきでしょうか。
升谷先生 40歳未満で蛋白尿や腎機能低下が見られる場合は特に注意です。それ以上の年代の方においても、糖尿病歴が短いあるいは網膜症を認めない糖尿病患者に尿蛋白や腎機能低下を認める場合は、積極的に組織検査や治療介入を行う必要があります。
川浪先生 アルブミン尿は腎予後だけでなく心血管疾患の危険因子でもあります6)。リスク管理の観点からも、アルブミン尿が認められた場合は速やかに治療を開始すべきです。
― 最後に、読者へのメッセージをお願いします。
升谷先生 プライマリケアの先生には、ちょっと相談ぐらいの感覚で構いませんので、少しでも異常に気付いたら、積極的にご紹介いただきたいと思います。
川浪先生 当院では看護師のみならずクラークなど事務職の方々が患者の重要な言葉を拾い、思わぬことに気付いてくれる場合があります。こうしたことから、事務職のスタッフもチーム医療のメンバーとして不可欠な存在だと認識しています。
南先生 事務スタッフは受付で患者と話す機会が多いので、気さくな対応を心がけてほしいです。会話の中で患者の異常が見つかることもあり、コミュニケーションを重視してほしいと思います。
前田先生 今後、デジタル医療が普及していくと思いますので、ぜひ積極的に活用して、医療者としてITリテラシーも高めていってほしいですね。