課題を見据えて地域で取り組む
南魚沼市のCKD対策
取材日:2020年9月11日

南魚沼市民病院 透析センター長
田部井 薫 先生

新潟県南魚沼市※1では、2015年に魚沼医療圏で行われた医療再編によって、140床(透析ベッド40床)の南魚沼市民病院と、454床(同20床)の新潟大学地域医療教育センター・魚沼基幹病院(以降、魚沼基幹病院)が開院。それまでは難しかった腎臓専門医の常勤配置が両院で実現したことを機に、行政をはじめ、医師会、腎臓専門医、かかりつけ医、多職種などによる慢性腎臓病(CKD)対策がスタートします。
今回は、南魚沼市民病院 透析センター長を務める腎臓専門医の田部井薫先生に、地域の課題とCKD対策の現状についてお話をお聞きしました。
※1 2004年に2つの町が合併して誕生。隣町の編入合併を経て、面積584.55k㎡、人口55,884人(2019年・南魚沼市ウェブサイトより)となる。
南魚沼市地域のCKD対策における課題とその取り組み
状況分析で見えてきた南魚沼地域のCKD対策に向けた課題
― 田部井先生は、2015年に自治医科大学附属さいたま医療センター(さいたま市)を退官され、同年に南魚沼市民病院の最初の院長として赴任されたとお聞きしています。
田部井先生 はい。それまで南魚沼市立ゆきぐに大和病院で月に1度外来を行っていたので、当地には縁がありました。ゆきぐに大和病院は医療再編で南魚沼市民病院へ分割され規模を縮小しましたが、40年以上前から地域医療に尽力していたことから、医療と住民の関係がとても良好だと感じていました。私自身、「いつかは地域医療をやりたい」と考えていたので、この地でそれが実現したかたちです。
― 地域の保健師などからの要望もあって、赴任後すぐに南魚沼地域(南魚沼市と南魚沼郡湯沢町)のCKDの状況について分析をされたそうですが、透析ではどのような課題があったのですか。
田部井先生 透析については、2014年に当地域で透析治療を行っていたゆきぐに大和病院と県立六日町病院(統廃合により閉院後、跡地に南魚沼市民病院が開院)の2つの病院のデータを分析しました。すると、CKDの早期発見と早期介入ができていないこと、それらによって若い人の透析導入が多いことが課題として明確になりました。
まず、透析導入の平均年齢ですが、日本透析医学会のデータ※2によると、当時の全国平均は約69歳。しかし、ゆきぐに大和病院では約60歳、六日町病院では約55歳と非常に低い年齢でした。
また、透析導入患者のうち、特定健診を受診した人の割合は50%弱でした。特に南魚沼市では、多くの地区で特定健診受診率が全国平均を上回っていた一方で、透析導入者の半分以上は特定健診を受けていない。健診を受けていれば、早期に発見されて医療機関の介入が行われ、透析導入を遅らせることができた患者さんがいたかもしれません。
そのうえ、ゆきぐに大和病院の透析導入患者の1割、六日町病院では2割が、腎臓内科受診から3ヵ月以内に透析を開始していました。このように準備時間が短いと透析導入の受容が難しく、透析管理に難渋する場合があることからも、健診受診による早期介入を進める必要がありました。
まず、透析導入の平均年齢ですが、日本透析医学会のデータ※2によると、当時の全国平均は約69歳。しかし、ゆきぐに大和病院では約60歳、六日町病院では約55歳と非常に低い年齢でした。
また、透析導入患者のうち、特定健診を受診した人の割合は50%弱でした。特に南魚沼市では、多くの地区で特定健診受診率が全国平均を上回っていた一方で、透析導入者の半分以上は特定健診を受けていない。健診を受けていれば、早期に発見されて医療機関の介入が行われ、透析導入を遅らせることができた患者さんがいたかもしれません。
そのうえ、ゆきぐに大和病院の透析導入患者の1割、六日町病院では2割が、腎臓内科受診から3ヵ月以内に透析を開始していました。このように準備時間が短いと透析導入の受容が難しく、透析管理に難渋する場合があることからも、健診受診による早期介入を進める必要がありました。

さらに、透析患者の人数に目を向けました。当時の南魚沼地域の人口は約6万6,500人。100万人あたりの透析患者数は2,517人でしたから※2、地域の推計人数は約167人です。しかし、透析患者数は計118人で、平均より少ない。この数字の解釈は非常に難しいのですが、先ほどの状況から考えても、早期介入が進んでいたためではなさそうです。もちろん、合併症で透析導入が難しい高齢患者さんが多いこともありますが、公共交通が未発達という山間部の交通事情、雪深いため高床式住居が多く、玄関と道路の間で階段の上り下りが必要な住宅事情、また、核家族化で通院の足がない高齢者がいる一方で、送迎可能な入所施設が少ないなど、諸事情から透析導入を望まない患者さんがいた可能性も考えられます。実際に当院にも、透析を継続するために住み慣れた地域を離れ、他県の施設に入る高齢患者さんがおられます。こういった点からも、透析導入にならないよう、 CKDの重症化予防が重要なのです。
※2 日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況 2014年12月31日現在」
「CKD対策推進協議会」を立ち上げ 健診後の腎臓専門医受診の流れを策定
―これらの課題を見据え、南魚沼市では迅速にCKD対策に着手されました。その取り組みについて教えてください。
田部井先生 2015年から話し合いを始め、2016年に「南魚沼地域慢性腎臓病(CKD)対策推進協議会(以降、協議会)」を立ち上げました。協議会には医師会、かかりつけ医、腎臓専門医をはじめ、多職種と行政が参加し、3つのキーワードを柱に活動を開始しました(図1)。
協議会の活動の1つが、住民対象の講演会です。健診受診の徹底による早期発見を目的に、CKDの知識の普及・啓発を進めました。地域の保健師が中心になり、各地区の公民館に住民を集めて毎年3~4回行っています。健診受診率の低い地区から優先的に進め、人口2万人の地区は数回に分けるなど、より効果が上がるように工夫をしました。
また、地域の「健康推進員」に実施しているのがCKDの研修会です。推進員の任期は2年。約100の集落に2人ずついるので、2年ごとに200人の住民がCKDの知識を深め、家族や知人を健診受診へ導いてくれる堅実な取り組みです。
協議会の活動の1つが、住民対象の講演会です。健診受診の徹底による早期発見を目的に、CKDの知識の普及・啓発を進めました。地域の保健師が中心になり、各地区の公民館に住民を集めて毎年3~4回行っています。健診受診率の低い地区から優先的に進め、人口2万人の地区は数回に分けるなど、より効果が上がるように工夫をしました。
また、地域の「健康推進員」に実施しているのがCKDの研修会です。推進員の任期は2年。約100の集落に2人ずついるので、2年ごとに200人の住民がCKDの知識を深め、家族や知人を健診受診へ導いてくれる堅実な取り組みです。
―特定健診受診後の流れを見直されたそうですね。
田部井先生 はい。早期発見の次に必要となるのが、重症度に合わせた適切な治療を早期に開始することです。そこで、健診結果が図2に該当する場合はすべて、かかりつけ医の有無に関わらず、魚沼基幹病院または当院の腎臓専門医を直接受診するという流れにしました。該当者には、健診結果送付時に「腎臓病の早期発見のための受診案内」と題した「専門医受診勧告用紙」を同封しています。専門医に患者さんが集中して大変だと思われるかもしれませんが、該当する患者数をデータから推計し、対応可能と判断して、早期の治療開始を最優先に導入しました。腎臓専門医数と人口の比率など、この地域だから可能な対策かもしれません。
―受診の基準に「腎機能悪化速度」が入っていますね。
田部井先生 そこも、早期介入を目指した南魚沼市の特徴と言えます。腎機能は何もしなければほぼ直線的に悪化します。過去3年間の健診のeGFRの数値が必要にはなりますが、計算式を用いて1年間の悪化速度を割り出し、-5mL/min/1.73m2/年以上であれば、まだ腎機能が正常値内であっても勧告対象としました。2017年に、特定健診でCKDの専門医受診勧告に該当して当院を受診した人は57人。このうち、腎機能悪化速度が-5~-9.9mL/min/1.73m2/年は9人、-10mL/min/1.73m2/年以上の人は7人おられました。

2018年に特定健診後に市民病院を受診した80人のうち、eGFRが45mL/min/1.73m2未満の人は35人。過去3回以上のeGFRデータがあった人で、腎機能悪化速度が-10mL/min/1.73m2/年以上と速い人が4人いた。腎臓専門医の治療介入となった人は41人だった。
―健診後の医療機関受診者数に変化はありましたか。
田部井先生 健診でかかりつけ医、専門医への受診勧告を受けた人のそれぞれの受診率を見ると、2018年にはかかりつけ医の受診率は100%に達しましたが、専門医受診率は74%でした。腎機能悪化速度が速い人など、緊急受診が必要な重点管理者については保健師が個別に訪問して専門医受診を促しているのですが、もっと上げていかなければなりません。全体的に見れば活動は概ね予定通り進み、医療機関の介入率は上がっていることから成果が徐々に現れてきたと考えています。今後も引き続き取り組んでいきます。
記事作成日:2021年1月