糖尿病性腎症の早期診断・治療と炎症管理の重要性
〜岡山県の重症化予防プログラムに学ぶ〜
岡山大学病院
新医療研究開発センター教授
四方 賢一 先生
自覚症状が現れた時には既に症状が進行し、予防段階での対応が難しいといわれている糖尿病性腎症。20年以上にわたり透析療法導入原因第1位の疾患であり、重症化予防の取り組みはさらなる強化が求められています。では、重症化予防の要となる早期発見・早期治療を行う上で必要なことは何でしょうか。岡山大学病院新医療研究開発センター教授の四方賢一先生に、糖尿病性腎症の早期発見のポイントから近年注目されている炎症に着目した治療、そして医療連携に力を入れた岡山県独自の糖尿病性腎症重症化予防プログラムまで、幅広くお話しいただきました。
早期発見に必須:
アルブミン尿検査実施率向上を目指して
糖尿病診療において腎症を早期に診断するために、3カ月〜1年に1度、定期的にアルブミン尿を測定することが推奨されますが、現状では検査の実施率が十分とはいえないようです。岡山県では、かかりつけ医の先生方を対象とした研修会などで積極的な検査実施を呼びかけています。National Database(NDB)のデータによりますと、年間のアルブミン定量(尿)算定回数は徐々に増加しており4)、引き続き活動を続けていく予定です。
図1 2型糖尿病患者におけるアルブミン尿の死亡・心血管疾患、腎不全に対するリスク
Reprinted with permission from Yokoyama H, Araki S, Kawai K, et al: The Prognosis of patients with type 2 diabetes and nonalbuminuric diabetic kidney disease is not always poor: Implication of the effects of coexisting macrovascular complications(JDDM 54), Diabetes Care 2020; 43:1102–1110(doi.org/10.2337/dc19-2049). Copyright 2020 by the American Diabetes Association.
新たな治療ターゲット、炎症を理解する
図2 糖尿病性腎症の成因と治療ターゲット
(四方先生ご提供)
最近では腎臓でミネラルコルチコイド受容体が活性化されることが、炎症に結びつくためのメカニズムの1つとして注目されています6)。血糖や血圧が十分管理されていても残余リスクがあるといわれており7〜10)、治療ターゲットの1つとして炎症の重要性が注目されています。
糖尿病性腎症重症化予防への取り組み
開始当時、岡山県の県南部には糖尿病専門医が多い一方、高齢化が進む県北部では少ないという医療偏在の問題がありました。また、糖尿病は患者数が多いため、専門医療機関だけで診療するのではなく、専門医療機関とかかりつけ医との間で連携診療を行うことが望まれます。こうした背景から、糖尿病医療水準の向上、医療連携の推進と糖尿病医療の均てん化を目指して、2012年に糖尿病医療連携推進事業が始まりました。具体的には医療機関を「総合管理を行う医療機関(かかりつけ医)」、「専門治療を行う医療機関」、「慢性合併症治療を行う医療機関」、「急性増悪時の治療を行う医療機関」の4つに分けて認定・登録し、この4者による医療連携ネットワークを「おかやまDM ネット」と名付けました(図3)。
そして、この連携体制をさらに強化する目的で、2014年に「おかやま糖尿病サポーター」制度を開始しました。日本糖尿病療養指導士(CDEJ)は数が少なく、多くは専門医療機関に在籍しています。そこで、糖尿病患者さんを支える医療スタッフをより多く育成する目的で、当事業が実施する所定の研修(インスリン自己注射や自己血糖測定などの実技を含む)を受講した医療スタッフに対し、県知事が「おかやま糖尿病サポーター」として認定する事業を開始しました。認定後も所定の研修を受けていただき、3年ごとに認定を更新するシステムとなっています。現在約1,600人のサポーターが認定されており、総合管理医療機関(かかりつけ医)や薬局、訪問看護施設、介護施設、保健所などで、患者さんの身近な存在として活動しています。新型コロナウイルス感染症の影響で対面での研修会の開催が難しい状況ですが、e-ラーニングやウェブ研修会で研修できるシステムも用意しました。
おかやまDMネットでは特にウェブサイトに力を入れており、多くのアクセスを頂いています。ここでは、おかやまDMネットの会員が、糖尿病治療に関する新着情報や研修会に関する情報を入手したり、e-ラーニングを受講することができます。医療スタッフからの糖尿病診療に関する相談を、メールで受け付ける窓口も備えています。また、患者さんのための糖尿病教育資材をダウンロードできるシステムや、患者さんを紹介するための情報を掲載した「かかりつけ医ハンドブック」を用いてウェブ上から医療機関を検索する機能も備えており、医療連携に役立っています。
図3 おかやまDMネット
(おかやまDMネットウェブサイト)
図4 糖尿病性腎症重症化予防プログラム〜岡山方式〜
(おかやまDMネットウェブサイト)
今後の取り組みとして、2022年から岡山県全体としてのアウトカム評価をスタートしました。岡山県内の全27市町村の担当者と協議を行い、統一して実施できるアウトカム評価の方法を検討しました。その結果、岡山県国民健康保険団体連合会(国保連合会)の協力により、国保データベース(KDB)を用いたアウトカム評価を行うことになりました。(図5)
この方法では、市町村の保険者が受診勧奨の対象者リストを作成して、国保連合会に送付します。国保連合会は対象者の検査値や問診項目、受診勧奨後の医療機関受診状況などのデータをKDB から抽出して岡山県に送付し、岡山大学病院でそのデータ(匿名化済み)を集計・解析して市町村の保険者にフィードバックする計画です。多忙な市町村の担当者の負担をできるかぎり減らして、効率的にアウトカム評価ができるのではないかと期待しています。また、一部の市町村では、受診先の医療機関でアルブミン尿を測定して、そのデータを経時的に集計する取り組みも進められています。これらの取り組みは始まったばかりですが、岡山県全体で取り組める糖尿病性腎症対策を目指してアップデートしていければと思います。
図5 KDBを用いたアウトカム評価
(四方先生ご提供)
文献
- 1)
- Yokoyama H, et al. Diabetes Care 2007; 30: 989-992.
- 2)
- Shikata K, et al. J Diabetes investing 2020; 11: 325-332.
- 3)
- Matsushita K, et al. Lancet 2010; 375: 2073-2081.
- 4)
- 第1〜6回NDBオープンデータ
- 5)
- Okada S, et al. Diabetes 2003; 52: 2586-2593.
- 6)
- Nishiyama A. Hypertens Res 2019; 42: 293-300.
- 7)
- Perkovic V, et al. N Engl J Med 2019; 380: 2295-2306.
- 8)
- Heerspink HJL, et al. N Engl J Med 2020; 383: 1436-1446.
- 9)
- Wheeler DC, et al. Lancet Diabetes Endocrinol 2021; 9:22-31.
- 10)
- Alicic RZ, et al. Clin J Am Soc Nephrol 2017; 12: 2032-2045.
記事作成日:2023年3月