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診療科・職種横断的連携×AIの可能性
~栃木県における糖尿病合併症管理の取り組み

石橋 俊 先生

自治医科大学 内科学講座
内分泌代謝学部門 教授

石橋 俊 先生

髙橋 秀徳 先生

自治医科大学
眼科学講座 准教授

髙橋 秀徳 先生

人をつなぐ 医療をつむぐ

 自治医科大学では2009年から糖尿病合同カンファランスを開催しており、糖尿病性腎症(以下、腎症)などの連携が不可欠なテーマについて、診療科や職種の垣根を越えたスタッフが活発な意見交換を行っています。また、同大学眼科学講座では人工知能(AI)を活用した糖尿病網膜症(以下、網膜症)や糖尿病黄斑浮腫(以下、黄斑浮腫)などの眼疾患の早期発見に注力しています。糖尿病合同カンファランスを主導する同大学内科学講座内分泌代謝学部門教授の石橋俊先生と、AI活用を推進する眼科学講座准教授の髙橋秀徳先生にそれぞれの取り組みについてお伺いするとともに、尿中微量アルブミン検査や眼底検査の重要性、栃木県における連携の実際についてもお聞きしました。

自覚症状がなくても
合併症のスクリーニングを!

― 最初に糖尿病および糖尿病合併症患者数の現状を教えてください。
石橋先生 日本における糖尿病患者数は予備軍も含めると約2,000万人と推定されています1)。近年若干の改善が見られるものの、増加傾向が続いています。一方米国のデータとなりますが、糖尿病合併症については医療アクセスの向上や予防治療の進歩などにより1995年以降、全体的に減少傾向にあります2)。日本で特に問題となる透析導入患者数は増加傾向が続いており、原疾患は腎症が約40%と最多です3)。ただし、近年は横ばいから微増にとどまっており、74歳以下では減少傾向が見られます4)。また、網膜症による視覚障害の認定数、視覚障害に占める割合はともに減少しています5)
― 合併症の発症や重症化を防ぐ上で医師が注意すべき点を教えてください。
石橋先生 合併症のリスク因子である「ABCD」の管理が重要です。AはHbA1c、Bは血圧、Cはコレステロール、Dは禁煙(Don’t smoke)を指し、これらを全て意識して管理しなければなりません。もう1つは合併症の早期発見です。例えば腎症の場合、多くは蛋白尿を経て重症化しますが、自覚症状がない初期の微量アルブミン尿の段階で検出できれば、適切な治療介入で改善可能です。逆に微量アルブミン尿を放置すると高率で顕性アルブミン尿に移行するだけでなく、全死亡のリスクも上昇します。また心血管イベントによる年間死亡率も、微量アルブミン尿期では2.0%ですが、顕性アルブミン尿期では3.5%にまで上昇します6)。このように尿中微量アルブミン検査は、腎症進展と心血管イベントのハイリスク群を早期に検出できます。かかりつけ医は糖尿病科や腎臓内科、眼科などと連携し(図2)、検査を積極的に活用するのも肝要でしょう。
髙橋先生 言うまでもなく網膜症や黄斑浮腫でも早期発見が大切で、かかりつけ医や内科の先生に勧められた時点ですぐに眼底検査を行うことが重症化防止の第一歩です。しかしながら、推奨されている年1回以上の定期的な眼科受診率は向上していません7)。理由は幾つか考えられます。まず網膜症により出血や視力低下、失明に至るのは末期で、それまでほとんど自覚症状がない点が挙げられます。黄斑浮腫の場合も視界のゆがみや視力低下はじわじわ進展するため、眼科を受診する必要性を感じない患者さんが少なくないのでしょう。たとえかかりつけ医に眼科受診を勧められても、他院の待合室で何時間も待たされるのが面倒だったり、散瞳検査を受けると車の運転ができなくなったりする点も眼科に足が向かない一因だと考えられます。
 眼底検査は眼の疾患だけでなく、出血の程度で高血圧や腎硬化症などの腎障害を発見できる場合があります。また、透析導入後に黄斑浮腫が改善するケースもあります。眼と腎臓は密接に関連しており、腎機能を良好に保てば眼疾患の進展を防げる可能性があるため、石橋先生がおっしゃる「ABCD」の管理や他診療科との連携も重要です。

図2 糖尿病診療におけるかかりつけ医と専門科の医療連携の在り方

糖尿病診療におけるかかりつけ医と専門科の医療連携の在り方
〔門脇孝.今後の糖尿病対策と医療提供体制の整備のための研究.厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)総合研究報告書(厚生労働科学研究成果データベース)
(https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2019/192031/201909002B_upload/201909002B0003.pdf)
(2023年2月閲覧)〕

診療科や職種の縦割りを改善
糖尿病合同カンファランス

― 自治医科大学では診療科・職種横断的な糖尿病合同カンファランスを実施されています。具体的な内容を教えてください。
石橋先生 2009年に診療科や職種の垣根を越えた有機的なチーム医療を実現しようと合同カンファランスを立ち上げました。当科を中心に、糖尿病合併症と密接な眼科、腎臓内科、小児科、看護部、臨床栄養部、薬剤部のスタッフで運営委員会を組織し、当初は年に4~5回、現在も年に2~3回定期的に開催しています。毎回運営委員でテーマを選定し、関連診療科からそのテーマに沿った症例を提示してもらいます。カンファランスは2部構成で、第1部では症例に関わった診療科の医師や看護師らが討議し、第2部ではテーマに詳しい医師に、より俯瞰的なレクチャーをしてもらうというのが基本的な流れです。院外からその回のテーマに詳しい先生をお招きし、レクチャーしてもらうこともあります。これまで3回以上取り上げたテーマは網膜症、腎症、食事療法、妊娠、1型糖尿病治療です。
 カンファランスでは現場の意見を最も重視しており、参加者がテーマについて真剣に考えるきっかけをつくれていると考えています。診療科や職種の縦割り、たこつぼ化の克服は大きな課題ですが、それらを改善する一定の役割も果たしてきたと自負しています。カンファランスの成果は数字として表れにくいものですが、看護師や管理栄養士、他診療科の医師と交流が図れる点、特に若手の先生方の考えを直接聞ける点は私にとって大きなメリットです。若手の先生方も多かれ少なかれ同様に感じてくれているかと思います。またオープンなカンファランスのため、糖尿病に興味を持った基礎系の先生や研修医、学生、意識の高い近隣施設の先生方も参加されることがあり、手応えを感じています。
― 院内での連携のコツや課題についてはいかがでしょう。
石橋先生 困難な症例に直面した際、普段その疾患を診ている診療科の医師と議論するのは非常に有益です。通常、こうした議論はカンファランスと別次元で行われますが、多くの人が集まる場で議論することには特別な意義があり、連携の1つの形かと考えています。
 また、例えば網膜症のスクリーニングを行い、なんらかの所見があれば眼科の先生にコンサルトする。そして、当院の眼科で診るべきか、クリニックでも対処可能かという判断をしてもらった上で、必要な場合は紹介を行うというように、当科では関連診療科に情報提供し、意見を聞くという流れで連携を図っています。
髙橋先生 当科ではHbA1c が8.3%を超えると入院前に必ず内科を受診してもらう方針としています。HbA1c が高値だと術後の傷口がふさがりにくくなる、感染症のリスクが高まるという懸念があるので、基準を定めて紹介するというのは連携の要かと思います。
石橋先生 より密な連携を図るには診療科や職種の縦割りを解消する仕組みが必要です。多くの大学病院では各診療科・部門に収益の確保が求められますが、そうすると保険点数の高い疾患を多く診ようとするあまり、専門化とたこつぼ化が進んでしまいます。横との連携を図る努力はほとんど点数化されません。本来大学病院が持つ総合力が削がれてしまう点は課題でしょう。

AIのサポートで病変の見逃しを防止

― 髙橋先生はAI を活用した画像診断支援に取り組まれています。具体的な内容やメリットを教えてください。
髙橋先生 2016年にAIを活用して眼科医療を改善しようと大学発のスタートアップを設立しました。現在は主に健康診断の際に撮影した眼底写真の遠隔読影をAI がサポートするという取り組みを行っています。眼底検査を行った健診施設が眼底写真をクラウドシステムにアップロードすると、AIが一次解析を行い候補となる疾患名や健常状態から逸脱している部位をヒートマップで提示します。その結果を参考に読影医が診断を下し、クラウド経由で健診施設に回答するという仕組みです(図3)。
 健診施設は読影医を確保する手間が省けますし、AIの解析結果を参考にすることで病変の見逃しを防ぐことができます。実際、AI のサポートで網膜症初期の点状出血や緑内障の見逃しを防止できた事例があります。AIの活用は診断結果の標準化にも寄与します。例えば、高血圧性の眼底変化は程度に応じて5段階に分類されますが、眼科医ごとにその分類基準が異なる場合があります。AIを参考にすることで診断のばらつきを是正できるのです。
 また、網膜症が進行している症例では蛍光眼底造影検査を行う場合がありますが、造影剤アレルギーでアナフィラキシーショックを起こす患者さんがまれにおられます。そのため、造影剤を使わず通常の眼底写真だけで病変部位を提示できるAI の開発も進めています。今後AI のサポートが普及することで、眼科医不足の解消や糖尿病合併症を含む眼疾患の早期発見が可能になると期待しています。
石橋先生 職人技を要する眼底写真の読影が自動化され、見落としがちな病変が瞬時に提示されるのは魅力的ですね。特に散瞳検査は患者さんの負担が大きいので、今後AIを活用することで散瞳薬を使わずに診断が可能になれば、網膜症進展の大きなブレーキになるかもしれません。そのためには、眼科だけでなく他診療科と連携してAIを活用する必要があると思います。

図3 AIを活用した遠隔読影支援の流れ

AIを活用した遠隔読影支援の流れ

(髙橋秀徳先生ご提供)

近隣施設とネットワークを構築する

― 栃木県における糖尿病診療連携の実際はいかがですか。
石橋先生 栃木県では日本糖尿病協会が作成した「糖尿病連携手帳」の活用を推進しています。血糖値や血圧などの内科的なパラメータ、定期検査の結果、眼科や歯科に軸足を置いて所見を記入する欄などが設けられており、患者教育の面でも効果が見込めるツールだと理解しています。私は数年に1回、定期的に患者さんにお渡ししていますが、毎回持参されるのは全体の2~3割程度で、途中で持ってこなくなってしまう方が大半です。医師だけでなく、看護師や管理栄養士からも手帳を持参するよう指導できればよいのですが、マンパワーの問題でどうしても難しい部分があるのが実情です。他の施設でどの程度普及しているかは分かりませんが、手帳に記入するという作業が業務の増加につながり、メリットを感じられない医師もいるかと思います。それでは普及が進みませんので、診療報酬を加算するなどのインセンティブを含め、治療に関わる全ての人がメリットを享受できるような見直しも必要かもしれません。
 他施設との連携や紹介についてもお話しします。当大学病院は重症の患者さんが多くいらっしゃいますが、そのような状況で、例えば軽症の網膜症患者さんを全て当院の眼科に紹介すると、ただでさえ多忙な眼科がパンクしてしまいます。きちんと診ていただける近隣の先生とコミュニケーションを取り、軽症例を紹介できるネットワークを構築しておく必要があります。
 一方、血糖コントロール不良の患者さんなどは一度大学病院に紹介していただきたいのですが、その際かかりつけ医が懸念するのは「患者さんを取られるのではないか」ということでしょう。最もあるべき形は循環型地域医療連携です。すなわち、基本的に患者さんはかかりつけ医に通い、年に1回程度、大学病院や基幹病院で合併症のスクリーニング、治療の見直しを受けるというものです。ただそうすると、基本的な検査や治療のほとんどをかかりつけ医に任せることになり、大学病院の収益は激減します。「糖尿病連携手帳」と同様、診療報酬による利益誘導などインセンティブの仕組みを整え、大学病院とかかりつけ医がWin-Winの関係になれば、連携もスムーズに進むでしょう。
髙橋先生 おっしゃるように重度の硝子体出血を来しているような症例は大学病院、それ以外は眼科クリニックというような役割分担は欠かせません。クリニックによっては対応できない治療もあるので、大学病院側はそういった点も把握した上で適切な紹介を心がけるべきでしょう。
― 最後にあらためて合併症の予防・早期発見のために読者の先生方にメッセージをお願いします。
石橋先生 まずは基本に戻って、かかりつけ医の先生方には尿中微量アルブミン検査など、合併症を早期発見するための検査を積極的に実施していただきたいです。そして合併症が見つかった場合、すぐサポートを受けられるよう、眼科や歯科、腎臓内科など関連診療科の先生方とネットワークをつくっておく点も重要かと思います。
髙橋先生 当科を受診する糖尿病患者さんの半数近くは、もう少し早く受診していれば重症化が防げたと思われる症例です。長年内科での治療を受けず、失明寸前になって慌てて受診する網膜症の患者さんもいまだに一定数存在します。網膜症、黄斑浮腫ともにある程度病状が進んでしまうと回復が困難になるため、眼底検査を積極的に実施し、病変を見逃さないようにしていただきたいです。

文献

1)
厚生労働省.平成28年国民健康・栄養調査.
2)
Gregg EW, et al. N Engl J Med 2014; 371: 286-287.
3)
一般社団法人日本透析医学会.「わが国の慢性透析療法の現況」(2021年12月31日現在).
4)
厚生労働省.健康日本 21(第二次)最終評価報告書.
5)
Morizane Y, et al. Jpn J Ophthalmol 2019; 63: 26-33.
6)
Adler AI, et al. Kidney Int 2003; 63: 225-232.
7)
Tanaka H, et al. Diabetes Res Clin Pract 2019; 149:188-199.

記事作成日:2023年4月

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