CKD早期介入による仕組みで地域連携を促進する
横須賀共済病院
腎臓内科 部長
田中 啓之 先生
日本腎臓学会の『CKD診療ガイド2012 』にCKD重症度分類(CKDステージ)が掲載されてから10年以上が経過し、本年は「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」が刊行されました。CKDの患者さんが早期のステージで腎臓専門医に紹介され適切な治療を受ければ、患者さん自身のQOLが向上するだけでなく、医療費の削減、医療従事者の負担軽減にも寄与することが期待できます。
神奈川県横須賀市では、横須賀共済病院を中心にかかりつけ医と連携して「Yokosuka Stop G5プロジェクト」を進めています。G5期に腎臓専門医に紹介するのではなく、遅くてもG4期、できればG3b期までに一度は腎臓専門医外来への受診を提案するプロジェクトです。
そこで今回は、同プロジェクトの内容や横須賀市と取り組んでいる国民健康保険CKD病診連携システムについて、横須賀共済病院腎臓内科部長の田中啓之先生にお話を伺いました。
CKDステージ情報シートとバリアンス設定
― 横須賀市の中核病院として、医療環境を含めた現在のCKD連携の状況について教えてください。
田中先生 横須賀市は全国と比較して高齢化率が高く、当院で透析を開始される患者さんも、全国調査に比べ平均年齢が3歳ほど高くなっています。当院で長期血液透析に成功したのは1968年ですが、当時の透析患者数は全国でも200人程度でした。現在は、当院だけでも年間約100人の患者さんに透析を導入しています。10数年前までは、透析を依頼されてシャントをつくったりカテーテルを挿入することにやりがいを感じていましたが、少しずつ「透析の直前に患者さんを紹介される」状況に疑問を感じ始めました。ちょうどイベント発症リスクに応じたCKDステージが示された頃のことです。実際に当院に紹介された患者さんを分類したところ、予想どおりG5期が30%弱とかなりの割合を占めていました。加速する高齢化の中で、この割合を少しでも減らしたいと思ったことがCKD連携を強化する始まりとなりました。
「Yokosuka Stop G5プロジェクト」と名付けた取り組みは、Easy access、Timelyな介入、育てる病診連携という3つをコンセプトとしています。このプロジェクトの目標は2つあり、ひとつはG5期より前に紹介をしてもらうこと。もうひとつは患者さんをG5期に進展させないことです。前者の目標数値として、初診時G5期の患者さんの割合を2010年の28%から10%未満に減らすこととしていましたが、2019年には8%にまで低下し達成することができました。
「Yokosuka Stop G5プロジェクト」と名付けた取り組みは、Easy access、Timelyな介入、育てる病診連携という3つをコンセプトとしています。このプロジェクトの目標は2つあり、ひとつはG5期より前に紹介をしてもらうこと。もうひとつは患者さんをG5期に進展させないことです。前者の目標数値として、初診時G5期の患者さんの割合を2010年の28%から10%未満に減らすこととしていましたが、2019年には8%にまで低下し達成することができました。
― Yokosuka Stop G5プロジェクトの内容について教えてください。かかりつけ医から専門医への紹介基準についてもお願いします。
田中先生 まず当プロジェクトが受け入れられた理由のひとつが紹介のしやすさ(Easy access)です。CKDステージ情報シートに、腎臓内科受診歴、糖尿病合併の有無およびCKDステージについてチェックをするだけで、該当する患者さんを紹介していただけるようにしました(図1)。このシートはCKDの重症度分類の普及にもつながり、随時改訂しています。このシートに加え紹介元それぞれの情報提供書を添付していただいています。
さらに当プロジェクトでは、“バリアンス”として再紹介基準を設定しています(図2)。このバリアンスの設定がTimelyな介入という位置づけです。例えば、血清クレアチニンが2.0mg/dLで逆紹介した患者さんでは、血清クレアチニン値が3.0mg/dL以上になったら、CKDステージが3bから4期に入ったら、カリウムが5.4mEq/l以上になったら再紹介をお願いします、と伝えています。また、貧血の治療が必要な数値であるヘモグロビン(Hb)値が11.0g/dL未満になった場合も再紹介していただくようにしています。これらのバリアンスをセーフティーネットのような位置づけで設定することにより、適切な時期に再紹介していだだけるようになりました。今ではこのバリアンスが浸透したことにより、次の介入が必要なタイミングでご紹介いただけるようになっています。バリアンス設定は、すべての項目を網羅するのではなく起こりうる確率が高そうな事項を提案しています。そのため、かかりつけ医の判断でバリアンス以外の理由で再紹介していただくこともあります。
さらに当プロジェクトでは、“バリアンス”として再紹介基準を設定しています(図2)。このバリアンスの設定がTimelyな介入という位置づけです。例えば、血清クレアチニンが2.0mg/dLで逆紹介した患者さんでは、血清クレアチニン値が3.0mg/dL以上になったら、CKDステージが3bから4期に入ったら、カリウムが5.4mEq/l以上になったら再紹介をお願いします、と伝えています。また、貧血の治療が必要な数値であるヘモグロビン(Hb)値が11.0g/dL未満になった場合も再紹介していただくようにしています。これらのバリアンスをセーフティーネットのような位置づけで設定することにより、適切な時期に再紹介していだだけるようになりました。今ではこのバリアンスが浸透したことにより、次の介入が必要なタイミングでご紹介いただけるようになっています。バリアンス設定は、すべての項目を網羅するのではなく起こりうる確率が高そうな事項を提案しています。そのため、かかりつけ医の判断でバリアンス以外の理由で再紹介していただくこともあります。
図1 CKDステージ情報シート
エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023
図2 再紹介基準としてのバリアンス
出典:田中啓之先生ご提供
かかりつけ医からの紹介が促進された背景
― バリアンス以外にも工夫されたことがあれば教えてください。
田中先生 当院からの情報提供書の中に、当該患者さんに限らず他の患者さんにも活用できる情報を一行書き込むようにしています。例えば、紹介元の先生がCKDの患者さんには相応しくない薬剤を処方していた場合は、このステージの患者さんには適さないので薬剤を変更しましたというようなことを書きます。そうすると、当院にまだ紹介されていない患者さんに対する処方も変わり、「薬剤を変更しましたが、腎機能が悪化したので紹介します」と情報提供書に書いていただけるようになりました。こうしたコミュニケーションが「育てる病診連携」の一環です。ただ単に、ご紹介いただいた患者さんが来ました、当院でフォローアップしますというような連携では、地域全体のレベルアップにはつながらないと思います。特に、薬剤を変更した理由は丁寧に記載するよう心がけています。処方や治療内容を大幅に見直す必要がある場合は、その理由を紹介元の先生にご報告したうえで6か月~1年間当院で診療します。そして患者さんを良い状態に戻し、かつ安心して加療継続できる状態にし逆紹介しています。
― 紹介基準の内でも、より早いステージでかかりつけ医から専門医に紹介される割合が増えているとうかがいました。これはどのような背景があるのでしょうか。
田中先生 当院が透析治療を始めた50年以上前の患者さんの平均年齢は50歳くらいでしたが、今では80歳くらいに高齢化しています。つまり以前は慢性糸球体腎炎で腎臓だけが悪い患者さんが中心でしたが、今日では糖尿病、高血圧を合併し、腎臓だけでなく心臓も悪いし、認知症もあり、歩行もままならない。さらに家族のサポートも得られにくい。そういった複雑な状況を抱えた患者さんが増えたことも早期の紹介の推進につながっています。あとは、高度低下〜末期腎不全(G4・G5期)で初めて紹介された患者さんが「腎不全になるなんて聞いていない」とお怒りになることも少なくありません。このようなケースがあることも地域の先生方にお伝えして、早期での紹介をお願いしています。
早めにご紹介いただいて、行動変容に結びつけば生活習慣のパターンを改善することができます。特に私が重視しているのが「禁煙」です。喫煙している患者さんに対して、心臓の合併症などのリスクや服用する薬剤への悪影響、さらにはこれまでどんな人生を歩んできて、これからどう生きたいのかということまで話し合いながら、禁煙指導をします。その甲斐もあって、ほぼ全ての患者さんを禁煙させてから紹介元にお戻しすることができています。まずは禁煙していただかないと、その後の食事療法、節酒などにつながりません。逆に、何十年も実現できなかった禁煙を達成できれば、自信につながり前向きに治療に取り組む患者さんが多いです。
早めにご紹介いただいて、行動変容に結びつけば生活習慣のパターンを改善することができます。特に私が重視しているのが「禁煙」です。喫煙している患者さんに対して、心臓の合併症などのリスクや服用する薬剤への悪影響、さらにはこれまでどんな人生を歩んできて、これからどう生きたいのかということまで話し合いながら、禁煙指導をします。その甲斐もあって、ほぼ全ての患者さんを禁煙させてから紹介元にお戻しすることができています。まずは禁煙していただかないと、その後の食事療法、節酒などにつながりません。逆に、何十年も実現できなかった禁煙を達成できれば、自信につながり前向きに治療に取り組む患者さんが多いです。
― Yokosuka Stop G5プロジェクトの中で、G5期の紹介を減らすこと以外にも意識している指標などがございましたら教えてください。
田中先生 G5期の紹介を減らすことを実現した次の目標は、患者さんをG5期に移行させないことです。近年、CKDに対して使用できる薬剤の幅が広がってきています。新規薬剤を適切な時期に導入することが重要だと思っています。G4期の後期では使用できない薬剤もありますので、G3b期で一度はご紹介いただけるように働きかけています。また専門医として、忙しいことを理由に毎回DO処方を続け、新薬を導入する機会を逃すようなことがあってはいけません。そのためにも積極的に患者さんを逆紹介することで、一人ひとりの診療時間を確保することが重要です。
また紹介された患者さんに対して心掛けていることとしては、「この時期(CKDステージ)に病院に来てくれてありがとうございます。良いタイミングで病院に紹介されましたね。」と話すようにしています。このように話すことで、患者さんと紹介元の先生との関係性にもプラスの効果があります。仮に専門医が患者さんのかかりつけ医を非難するようなことを言ってしまえば、患者さんはその先生のもとに戻らなくなってしまうこともありえます。もちろん、紹介していただいた患者さんが透析開始になった場合にもお手紙を書いて、紹介元の先生にお送りしています。透析開始後、透析クリニックで維持透析を受けていても、風邪症状などではかかりつけ医を受診するケースがあるためです。その際にも透析導入に至っていることを事前に把握できれば、患者さんとのコミュニケーションにも役立つのではないでしょうか。このような関係性を続けていると、同じような状態のCKD患者さんを、また紹介していただけます。
また紹介された患者さんに対して心掛けていることとしては、「この時期(CKDステージ)に病院に来てくれてありがとうございます。良いタイミングで病院に紹介されましたね。」と話すようにしています。このように話すことで、患者さんと紹介元の先生との関係性にもプラスの効果があります。仮に専門医が患者さんのかかりつけ医を非難するようなことを言ってしまえば、患者さんはその先生のもとに戻らなくなってしまうこともありえます。もちろん、紹介していただいた患者さんが透析開始になった場合にもお手紙を書いて、紹介元の先生にお送りしています。透析開始後、透析クリニックで維持透析を受けていても、風邪症状などではかかりつけ医を受診するケースがあるためです。その際にも透析導入に至っていることを事前に把握できれば、患者さんとのコミュニケーションにも役立つのではないでしょうか。このような関係性を続けていると、同じような状態のCKD患者さんを、また紹介していただけます。
パスにHb値を盛り込み腎性貧血を早期発見
― 横須賀共済病院とCKD連携している先生たちも、腎性貧血における薬物療法の変化を実感されているのでしょうか。
田中先生 以前は注射製剤しかなかったため、そのために遠くから通院していた患者さんもいました。その負担を軽減するために地域の先生に任せられないかと考えたのが初期の連携のニーズでした。ところが注射製剤ですから、取り組むためには院内に在庫を確保しなければなりません。患者さんが来なくなったり、透析を導入して必要なくなったりすると不動在庫になってしまいます。そのため賛同いただける医療機関は一部に限られました。連携していただける医療機関には必ず2人以上の患者さんに注射製剤を使用できるように配慮をしたりと苦労しましたが、今は内服薬が使えるようになったので連携もしやすくなりました。
― CKDと並んで腎性貧血を早期発見するために、どのような取り組みをされていますか。
田中先生 先ほど触れた再紹介基準のバリアンスの項目にヘモグロビン値(Hb<11g/dL未満)を入れるケースがあるのは、全例において腎性貧血の介入時期を見逃したくないという思いからです。当院のデータを見ても、CKDのステージが進むとHb値が下がります(図3)。紹介された患者さんでHb値11未満をカットオフ値とするとG4期で35%が該当しますので、進行したCKDではバリアンスにHb値を盛り込みました。また貧血を契機に悪性腫瘍が発見される患者さんも少なくはありません。腎性貧血の診断には除外診断が重要です。
図3 初診時CKDステージによる平均Hb値
2019年度⾃院データ(383名解析)
出典:田中啓之先生ご提供
横須賀市とのCKD連携
― 横須賀市と取り組んでいるCKD病診連携システムに関しては、どのような連携体制を構築しているのでしょうか。
田中先生 横須賀市の糖尿病性腎症重症化予防プログラム事業がなかなか軌道に乗っていないということで相談を受けました。すでにCKDステージ情報シートを運用していたこともあり、特定健診の結果で腎リスクのある市民が、早期に適切な医療を受けられるように病診連携システムを構築しました。具体的には、市民が特定健診を受診した結果、オリジナルな紹介基準(G3b〜G5等、G1〜G3aは血糖または高血圧の紹介基準合併症例)に該当する人を当院を含む腎臓専門医に紹介します。かかりつけ医の有無に関わらず、判定基準に該当すれば腎臓専門医療機関に2次検査を必要とせず紹介するシステムにしました。
結果コロナ禍にも関わらず、多くの患者さんの受診につながりました。なかには、当院の糖尿病透析予防指導外来(6ヶ月)で多職種による指導で改善する患者さんが多く、関係者として大きな手ごたえを感じました。健診のプロジェクトでは、G3b期で紹介される患者さんの割合が最も多いです。G3b期では、新規薬物療法の効果を確認したり、合剤に変更するなどのポリファーマシーを改善してから逆紹介するようにしています。服薬数が減ってさらに検査値も改善すれば患者さんにも喜ばれます。横須賀市とのプロジェクトは、医療従事者にとってモチベーションの上がる仕事でした。G3b期までに受診していただければ、医療従事者側も「変えられる」というやりがいを感じることができます。アルブミン尿が出ていても減少したり消失する患者さんもいます。
CKD病診連携システムはCKDの進展予防だけでなく、透析導入者の抑制と医療費削減の狙いもあります。最近では、CKD対策の成功事例として他地域からの相談も受けています。
結果コロナ禍にも関わらず、多くの患者さんの受診につながりました。なかには、当院の糖尿病透析予防指導外来(6ヶ月)で多職種による指導で改善する患者さんが多く、関係者として大きな手ごたえを感じました。健診のプロジェクトでは、G3b期で紹介される患者さんの割合が最も多いです。G3b期では、新規薬物療法の効果を確認したり、合剤に変更するなどのポリファーマシーを改善してから逆紹介するようにしています。服薬数が減ってさらに検査値も改善すれば患者さんにも喜ばれます。横須賀市とのプロジェクトは、医療従事者にとってモチベーションの上がる仕事でした。G3b期までに受診していただければ、医療従事者側も「変えられる」というやりがいを感じることができます。アルブミン尿が出ていても減少したり消失する患者さんもいます。
CKD病診連携システムはCKDの進展予防だけでなく、透析導入者の抑制と医療費削減の狙いもあります。最近では、CKD対策の成功事例として他地域からの相談も受けています。
― 今後の目標についてお聞かせください。
田中先生 院内でNST(Nutrition Support Team:栄養サポートチーム)のチェアマンを務めているのですが、地域に出向いてNST活動を展開したいと思っています。特に高齢者への指導では透析を予防するために蛋白制限をしてしまうと、サルコペニアやフレイルに陥る患者さんが少なくありません。どちらに重きを置くのかは難しい問題ですが、間違った栄養指導で苦しんでいる人を救いたいという気持ちがあります。独居の高齢者では食事を満足にとらなくなったり、それにより鬱傾向になるリスクもあります。そうした悪循環を予防する意味でも、地域の医療機関、管理栄養士とのコラボレーションを進めていきたいと思っています。CKDの患者さんに限定することなく、健康でADLを保ちながら長生きできる食事療法支援をしていくことが今後の目標です。
取材日:2023年6月
記事作成日:2023年9月